祝祭を持つ

 祝祭を待つ。

 これもラテン流の大事な要素のひとつ。祝祭といっても何も踊るばかりが能じゃない。

 ラテン系の人間でも踊らない人はいる。「あんなバカ騒ぎ嫌いだ」というサッカー嫌いも案外多い。

 祝祭は何でもいい。年に1度か2度、利益を度外視して熱中できる何か。できれば1人ではなく、何人かの仲間といっしょに作りあげるものならばより最適だ。祝祭があれば、人は辛いことにも絶えることができる。

 ラテン流に触れて、自分ながらの祝祭を作り出したのが「中南米マガジン」編集長の金安顕一だ(敬称略)。

「小中学校のときには、無気力、無関心、無責任の三無主義の代表みたいなもんですね。サラリーマンになってからもさえない社員でしたね」

 金安は、高卒後、中堅の印刷会社に就職し、版下の制作、キイパンチャー、パソコンオペレーターと、現場作業に20年弱従事してきた。
「仕事は遅いし、間違いも多くて、回りの評価は低かったですね。私自身も鬱屈したサラリーマン生活をおくってました。それに現場には2、3人無神経な人がいて、苗字からの連想で『おい、ばい菌! こっちこい!』なんて呼ぶんです。一度、そのうちの一人と、お金を貸した借りないで口論になって、ぶん殴って始末書を書いたこともあります」

 金谷は数年前、


たまたまキューバを訪れ、人生が変わった。



「あるフリーライターに誘われたんです。現地の音楽や文化、とりわけおせっかい焼なキューバ人との交わりがとても面白くて、そのライターと中南米音楽を中心としたミニコミ誌を作ろうってことになったんです。でもその人は成功しっこないと思ったのか、途中でやめちゃいました。私のほうは、本のこともマスコミのことも何も知らなかったのが良かったんです。気軽にできるだろうなって考えて」

 幸運にも金安の雑誌発刊計画はとんとん拍子で進んだ。無料で仕事をしてくれるデザイナーと知合った。本の取次ぎが契約してくれた。そのおかげでタワーレコードやヴァージンに雑誌を置いてもらい、最初から全国展開ができた。中南米好きの人間が読者となり、読者の中から書き手を見つけていった。

 もちろん幸運だけでは物事はうまくいかない。金安は『本の雑誌』『谷根千』『月刊ラティーナ』など、成功しているミニコミ誌をかたっぱしから研究した。

 二束のワラジを履くと、社内での低い評価や、上司にあれこれ揶揄されるのも気にかからなくなった。


ダメサラリーマンが人生で初めて自分に自信を持てたのだ。


 その後金安はメキシコ音楽の本『トッピング充実! メキシコ音楽タコス』を作るために、会社を退社。今は、中年フリーターとして、様々なアルバイトにつきながら、年2〜3回『中南米マガジン』を発刊している。

 アルバイトは不安定で、時給は安く、辛い仕事だ。だが金安にとって、雑誌を仲間といっしょに作り、発刊するのは、カーニバル=祝祭と同じ。だからそんな仕事にも堪えることができる。

「飲む打つ買うはいっさいなしで、お金のかからない生活をおくってます。電車だってめったに使いません。これから本と雑誌の営業です」

 金安は、池袋から御茶ノ水書店街へと歩いていくのだった。

 祝祭があると思えば、10キロぐらい歩くのも平気だ。サラリーマンも上司に怒鳴られても我慢できる。

 今年も日本では自殺者数が3万人を超えそうだけど、自分自身の祝祭さえもっていれば、死なないで済んだ人も中にはたくさんいるに違いないんだ。

 ぼくだって、四年おきのワールドカップを楽しみにして生き長らえているようなものなんだ。

 さて、次回は日本にいながらラテンに触れた変身した知人を紹介しよう。

 ところで、風樹さんが「国費留学で鳥目になる」を書いているよ。海外でホームステイするときは、受け入れ家庭のルーツにより食文化はまったく違うので注意だね。イタリア系などのラテン系ならいいけど、アングロサクソン系だと……。


ケ・テ・バーヤ・ビエン!