反テロ法の拡大解釈
サウジアラビアはイラクやシリアの内戦の影にかくれてあまり報じられないが、90年代からテロが頻繁に起こっている。外国人居留地で英米人が狙われることが多い。10月には、サウジアラビア西部ジッダにある宮殿の西門付近で、男が自動小銃で兵士に発砲するテロ事件があった。当時、ムハンマド・サルマーン皇太子はジェッダにいたと伝えられている。
キャンプなどの治安対策はどうだったのだろうか。
「リヤドのサイトに入る時の、セキュリティGateだけは面倒だったな。朝の6時ころ到着したのに、ライフルを持つ門番が英語を全く理解せず、こちらの運転手の素振りも解らず、サイトの門の外の食堂・喫茶のような所で3時間も待たされた」
T さんが滞在した2014年にはサウジアラビアでは日本に先駆けて「テロとテロ資金に対する対策法」が施工されている。国内外で過激な宗教・思想集団に対して所属、支援、支持の表明をした場合、懲役5年以上30年以下の懲役刑、さらに容疑者を6カ月留置でき、外への連絡は90日間禁止される。捜査当局は容疑者の尾行・盗聴・家宅捜索が可能となった(参考『サウジアラビアを知るための63章 「11章 初の包括的テロ対策法」』中村覚 明石書店)。
同法を盾に2015年7月には、サウジアラビア治安当局は、ISILに連なるテロ関係者431名を逮捕し、同年9月にも、東部州及びリヤド市内に潜伏するテロリスト多数を摘発している。と、同時に人権活動家、ジャーナリスト、ブロガ―などにも適応され、テロと無関係な人間が監禁され、国民の口封じとなっている。
5月には、国連代表が人権状況をサウジアラビアに視察に行き、推定無実の囚人との面会を求めたが、認められなかったこともあり、国連は反テロ法の拡大運用による人権侵害と言論の自由を封じる弾圧に対して非難している。
いずれにしろ、原油価格の低迷と人口増加(90年は1500万人、現在は3200万人)を考慮すると、2万人の王族を筆頭とする超金満・格差社会が、今後も続けられるとは思えない。11月にはムハンマド・サルマン皇太子の指示により、汚職容疑で王子11人、他大物実業家、現職閣僚ら有力者数十人が一斉に逮捕されたのは記憶に新しい。
サウジ版維新はどうなる?
「王族からの権力と金力の奪取、宗教の呪縛からの解放」―これらは明治維新時に、大名と武士の特権を奪い、廃仏毀釈により仏教を弾圧したのと似ている。サウジは王室の最高位が自分以外の旧体制を打破しようとている点で、江戸幕府が消滅してしまった日本とは違う。けれども旧体制の権力を削ぎ、国柄を刷新するという意味では、サウジ版維新といえそうだ。
維新の成否について、その阻害要因となりそうな気がかりな3点を挙げておく。
1.労働にかかわる長年の慣習や意識は簡単には変わらない。外資により職を作っても、その職を全うできるサウジアラビア人は当分不足する。その意味で、若者は海外でのインターンでの就労などで、別の労働環境を体験することが望ましい。中長期で人材育成が変革を妨げるリスクとなる。
2.アラムコの株式上場と政府の収入増のためには、原油価格を上げる必要がある。けれども原油に頼らない国を作るために、原油に頼るという苦しい状況ともいえる。今後バレル60ドル(WTI原油先物)をつけ、もしも70ドル台へと価格が上りつめていけば、再び原油頼み経済に戻ってしまうのではないか。産油国とは案外そういうものだ。サウジアラビアがGDP−20%を記録(82年)したときにも、石油依存体質を抜け出さない限り、サウジアラビアの王朝は危ういといわれていた。
3.イエメン内戦への介入はサウジアラビアに高くついたのではないか。無差別爆撃や陸海空封鎖処置によるイエメン国民に対する非人道的な行為が明らかになっている。空爆などの犠牲者は1万人を越え、人口2700万人のイエメンで700万人が飢餓状態で、90万人がコレラなど疫病に感染している。多くは子供たちだ。
さらに11月4日には敵対するフ―シー派により、首都リヤド近郊の国際空港に向けてイエメンから弾道ミサイルが発射され、サウジは石油プラントの防御を厳重にする必要が生じている。
日本、韓国、スペイン企業などがかかわった南西部にある新興のジザン製油所(ジザン経済区)は、フ―シー派が支配する山岳地帯のイエメン北国境から100キロ程度しか離れていない。サウジアラビア内が戦争状態になれば、原油はバレル100ドルを目指して急騰するだろうが、外資は進出に二の足を踏むし、外国人が働きに行くのも躊躇する。サルマン皇太子が自ら前のめりになったイエメンへの軍事介入が、改革をとん挫させ、自らの失脚を招きかねない最大のリスクとなっている。
トルコイスタンブールのサウジ領事館での杜撰で残忍なジャマル・カショギ記者殺害事件は、まさに独裁の由縁を思い起こさせる。独裁者は全能感のゆえ、杜撰になり失敗する。けれども何度失敗しても乗り越えてしまうのが独裁だ。
このムハンマド皇太子がどのように育てられ、どう教育されたのかは、わからないが、基本的に他者の痛みなどこれっぽちも感じない人間であることは確かである。身内の不幸のときだけ、心を震わせるとしたら、まさにヤクザ、マフィア、コカインカルテルの一員とその人間性には変わるところはない。