サイババ、マグロの特上とろを出す インド バンガロール
インドのハイテクシティ、バンガロール(マンガロール)の空港から市内へ向かう調査団の車に、車窓の隙間からさっとなにかが投げ込まれた。すわ! 爆弾!
そうではなかった。真っ赤なバラの花一輪、インドとは思われないしゃれた歓迎のし方である。外を見ると、サリーを着たおばさんが手にバラの束をもって笑っている。花を良く見ると、紙がはさまっている。それは新装開店のスーパーの宣伝であった。
カンナダ語を話すカンナディガの住民は、他のインドと一味違う。それが第一印象であった。現地で雇ったコンサルタントも、ともかくべらべら良く話す。プレゼンテーションや広告にたけていそうである。だがその真意はもうひとつ計り知れないところがある。
このカルナタカ州の州都バンガロール(ベンガロール)は、当時ソフトウェアというよりは、半導体やコンピュータハード関連の集積地として有名であった。今は世界の衆目を集めるITの聖地である。
だがハイテクとまったく合い入れない、宗教の聖地でもあった。この都市の商店や政府関連の機関にいたるまで、ありとあらゆる部屋の壁に、クリシュナやヴィシュヌなどの昔ながらのヒンズーの神々といっしょに、彼のプロマイドやステッカーが張られていた。彼とは‥‥ サイババである。サイババは夏の間、標高九二〇メートルの高原にあるバンガロールの郊外プッタパルティ(アンドラプラディシュ州)で過ごす。
幾人かのインド人に聞いてみた。
―サイババの超能力なんて信じちゃいないやね。でもサイババはいいひとさ、貧乏人のための病院を建てたし、それに世界中からここに人が集まってくるからね、ちょっと前に大集会があってホテルは溢れかえっていたよ。経済効果は抜群さ
ほとんど似通った面白みのない返事だった。むしろ胸をときめかせてくれたのは、現地に住む日本人たちである。狭い日本人社会にはまことしやかな噂話が流れていた。内容はこうである。
―ある信者がわざわざ日本から来て、サイババに会ってね。サイババは、「なんでもいいから、すきなものを出してやるから、いってみなさい」と超能力者ぶっていったとか。そしたら、その日本人なにを所望したと思う
―なにかの特効薬?
―いや、マグロの特上のトロの握りだとさ
―それで?
―ああ、ちゃんとでてきたって話だけどね
こうなると、ことの真偽を確かめないわけにはいかない。幸いこの日曜日に集会がある。
夜明とともに、私は同僚といっしょにあの法衣というか、宗教服というか、例のオウムの信者が着ているような薄い礼拝のための衣服を身につけた。昨夜、ショッピングセンターが集まっている地域の洋品店でわざわざ購入したのである。この服を着なければ、礼拝には出られないという。下着一枚なので、この過ごしやすい避暑地では、夏でも少し寒い。
朝の六時前に、車に乗った。ショルダーバックの隅には、昨夜描いた毛蟹の絵を潜ませている。英語名が分からなかったのである。同僚には毛蟹の絵は無論秘密である。
「ほんとになんでもだしてくれるのかな?」と同僚のKがいう。
「まさか、でも試してみたいけどね」
我々二人には宗教心の欠片もない。
不敬な我々に天罰が当たったのだろうか。郊外に出たところで、バスと危うく衝突しそうになる。急ブレーキをかけ、すんでのところで正面衝突は免れたが、車の側面を擦ってしまった。
海外の死は、劇的なものより、単なる交通事故が圧倒的に多い。肝を冷やした瞬間だった。
3時間ほどでサイババの夏の本拠に着く。
路上には、屋台が出て、多くの神々とともにサイババグッズを売っている。サイババソングなるCDもあり、ラジカセがその音楽を流している。なにやらインド的な猥雑な雰囲気である。
サイババの聖地に入る。すでに多くの人間が集まっている。右側に仮設のホール、左側にコンクリート作りのいくつかの棟、中央の広場のずっと奥にサイババの住まいがあるようである。
まずは記念撮影、モンゴロイド、コーケシアン、アーリア、ドラヴィタと様々な人種の信者たちの中で、物見がてらで来ているのは、不信人ものは我々ぐらいかもしれない。その人種の渦の中を手持ち無沙汰に歩き回り、ときおり話しかけてみる。
現実のビジネスに疲れて兄弟で信者となり来ているマレーシアの若者、癌の治癒が目的でマドリッドから来ているスペイン人夫婦、中には信者獲得方法を教わりに来たカトリックの宣教師もいた! 数回来ている信者も多い。
コンクリートの棟のひとつを、ホウキで掃除している日本人もいる。
「いつから来ているの?」
「まだ五日目ですよ。ここに泊ってます。ホテルに泊まるより安いですしね。数日したら個人的にサイババに会えると思うけど」
「なにか願いが」
「いえ、とくにないんですがね」
とてもまじめそうな若者である。
そのうち指示があり、仮設の礼拝堂の前に、国別に列を作らされる。インド、ドイツ、フランス、スペイン、マレーシア、タイ、アメリカ、ロシア、中国、日本… ともかく多くの長い列ができる。人数にしては千人を超えているだろう。地元のインド人を除けば、どちらかというと欧米の人間のほうが多い。
私たちは、日本人の列に並ぶ。一〇人ぐらい、二〇代~三〇代の者がほとんどである。隣にいる角刈りの四〇代を越えているおっさんに話しかける。
「どちらからですか?」
「大阪や」
「なにか特別に願い事でも」
「どうしても煙草をやめられなくてね。サイババに頼めばやめられる、と思って来たんやけど」
今は、他力本願も世界的である。
しばらく並んで、礼拝場へ通される。靴を脱いで上がる。広い礼拝場は信者で溢れ返る。前方中央に派手な刺繍がなされた玉座のような椅子が置かれている。残念ながら我々が座ったのは、列の後ろのほうで、サイババをすぐそばから見ることができそうにない。
信者たちのざわめきの中、サイババの登場を一〇分近く待つ。まずはサイババソングが流れる。インド映画にありそうな軽快な曲である。数分して満を持していよいよ、彼が現れる。テレビで見たとおり、石立鉄男や立花隆のような例のもじゃもじゃ頭で、オレンジの聖衣姿である。
彼はゆっくりと歩いて、真中の玉座に座る。そしてサイババソングに合わせて躯を揺らし、指で拍子をとる。
音楽が終われば、なにか説教をはじめるのだろう。そしてあわよくば、個人的な願いを聞いてくれるのではないか。私は同僚に気づかれないように、そっとショルダーバックのジッパーは開けた。
サイババは数分そうしてから、急に立ちあがり、列と列の間を左側からゆっくりと歩き始めた。信者は合掌し中腰になる。サイババは時々立ち止まって、何やら白い粉を撒く。信者たちは我勝ちにその粉を身体にかけてもらったり、拾ったりし、願いごとを書いた手紙を彼に渡そうとする。
これはどこかで見た光景である。大衆演劇の最後に人気の役者が花道を行く姿に似ている。日本の神々と比べて、インドの神々は映画の人気俳優かなにかのように、卑近な存在である。実際、スターたちのブロマイドと神々のブロマイドは、映画館の前でいっしょに売られている。
サイババは私たちの目の前を歩いて行く。私の手は蟹の絵に触れている。だが小心ものの私は勇気がない。回りの信者はみな彼らの神を目をぎらつかせて拝んでいる。同僚の目も気に掛かる。きっと日本に帰ってからオフィースで馬鹿にされるのがおちである。
彼は白い粉を撒き、近くの日本人たちやマレーシア人たちは手紙を渡し、そして彼は右の列のほうを歩き、背中を見せてそのまま礼拝場を出て行ってしまう。
「え、これで終わり」
私に無理やり連れられてきたKががっかりした声を出した。
ところが信者たちは、満足げな表情である。大阪のおっさんの顔は、恍惚としている。
「かけてもらったでー」
そう自慢気に言う。彼の黄色い衣服のすみが心持白くなっている。
外へ出ると「ほんと、これで、煙草をやめられるわ」
そういって礼拝用の服のどこからかセブンスターの箱を出し、道路の方向に駆け出し、それを道の向こう側の草むらへ向かって投げつけた。白い箱はなにか邪悪な悪魔のシンボルのように青い空を舞った。
私はその様子を唖然として見ていた。
「まったく馬鹿馬鹿しい」
我々二人にとっては、安くない聖衣を買い、朝5時に起きたのに、まったくの肩透かしである。帰路の車中で我々は、憤懣を大阪のおっさんにぶつけていた。
「ほんと、よくあのおっさん、40過ぎて煙草をやめるためにここまで来るなんて、いいかげんにしろっていいたいよ」
「なに考えて生きているのかな」
目的を果たした彼が羨ましくもあったのである。
帰路、サイババの病院、横並びの田植えの光景、そして路上の木を登り降りするサルを見ることができたのが、せめてもの収穫であった。
帰国後、数ヶ月して日本では新興宗教のおぞましい事件が起こった。その後も今に至るまで新興宗教がらみの事件が続いた。なかにはサイババの弟子だとか語るものまでいた。
新興宗教の事件が報道されると、私は、あの大阪の中年のおっさんのことを思い出す。彼を馬鹿にしたのは、まったく見当違いであった。インドへの渡航費数十万円でもし煙草がやめられたならば、安いものである。そうでなくとも、彼は少なくとも次善の策をとったといえる。サイババは命も財産も奪わない。それどころか、宗教の本来の姿といえる、慈善活動を行っているのである。
さてわが国の首相(森首相のとき)も2000年8月にIT、ITと呪文を唱えながらバンガロールを訪れ、IT企業インフォシスを訪問した。だがサイババに会ったとはきかない。きっとその呪文は今後も現在の政治家が居座る限り、利かないような気がするが、どうであろうか。
そうこうしているうちに2011年にサイババは84歳で病気で死んでしまった。国葬となった。けれども遺産約8千億円を巡り、相続争いが行われているという。サイババも死後のことまで治めることはできなかったようだ。
最近、歌手の藤井風、さらに私を苦しめたベネズエラの大統領のマドゥロ(11月23日と生年月日が同じ)がサイババ信者であることを知った(以下、拙稿ご参考)
日本にもサイババ書店がある。実は調布FMに呼ばれ、5曲好きな音楽をかけろと言われて南米の曲のほかに一曲サイババソングを流すことにした。だがサンスクリット語で書かれて題名さえ不明。
そこで、2024年9月29日の日曜日に代々木公園で行われるナマステインディアに出かけてみた。大盛況で、ホリウッド映画の踊りで盛り上がり、かつ私は見たかった南インドのバラティナティアムを日本の女性が見事に踊り感心した。また、少なくとも題名の意味もラジャスタン州出身のインド人や日印協会事務局長の夛賀政幸(元チェンナイ総領事)さんに教わることができた。
驚いたのはサイババ関連雑貨と書籍を販売しているサイババ書店が出店していたことだ。おかげで私は、インドで購入し紛失したサイババのブロマイドを購入できたし、書店のテレビではプッタパルティの礼拝の様子が流され、サイババが白い粉を撒くのを懐かしく見ることができた。
脳裏には、当時レター用紙に描いた拙い毛蟹の絵と大阪のおっちゃんが投げ捨てたセブンスターが時を越えてまざまざと甦ってきた(続く 10月27日夕方6時~7時 調布FM「気分はいつもブルースカイ」に登場 サイババソング流します)。
