紳士泥棒 エクアドル キト
初心なバックパッカー
エクアドルが南米にあるのかアフリカにあるのかあいまいな日本人は多いだろう。エクアドルは赤道が通っている国で国の名前もエクアドール(赤道)に由来している。北はコロンビア、南はペルーに接し、西側は太平洋、東側は熱帯雨林である。キトは1600年代初頭まではインカ帝国の北辺の重要な都市だった。
現在キトの旧市街は人類遺産となった美しい街だが、1979年当時にはすすけた怪しげな首都というイメージしかない。私はバケツから飲んだフルーツジュースと紫色やら赤色の色彩豊かなトウモロコシぐらいしか覚えていない。ろくに記憶がないのだ。(この20年後、マングローブの保全と地域開発の調査で再訪するが、それは後述予定)
私にとって当時のエクアドルといえば、バス停、地球の半分という記念碑、警察署が思い出されるぐらいである。
私は安価な航路を見つけてメキシコシティからキトに飛んだ。その運命の日、私はキトからペルー国境へ向かうバスに乗る予定ですでに切符を購入していた。その前にせめて赤道記念碑を訪れてみようと試みた。午前中に記念碑を見て、そうそうバスでキトへ戻った。
バスの出発時間が迫っていた。バス停の広場からホテルに走りに走った。乗り遅れると、予定が遅れるとともに切符も損してしまい、よけいにホテル代もかかる。
私はホテルを慌ててチェックアウトし、背中にバックパックを背負い、貴重品を入れたショルダーバックを肩にかけた。
キトで再会した留学生仲間の天理大のT君と関西大学のⅯ君に「またペルーで会おうな」と挨拶をして、腕時計をちらりとみてバスの発着所に向かって再び走った。慌てて走るとろくなことはない。同様の失敗を私はスペインのアルへシラスですることになる。
ともかく走る、走る、走る。バックパックが重い。背中が軋む、肩にショルダーバックのバックのベルトが食い込む。息が切れる。標高2,850 mである。
バスの発着所の広場が見えてくる。数台のバスが待っている。バスのフロント上部にある行先を見て回る。あった、あった、国境行のバス。私のバスは私を律儀にも待っていてくれたのである。
私はズボンのポケットから切符を出し、入口のステップを踏み、スタンバイしている運転手に切符を見せバスの中へと入る。ほぼ満席だ。やや肌の色の濃い先住民とメスティーソが多い。人いきれでむっとする。あるスイス人のバックパッカーが先住民だらけのバスに入り「くさいったらありゃしないよ」と私に訴えてきたとを思い出す。そのときは、「お前だってくさい人間の臭いがするぞ」と言い返した。
バックパックのショルダーベルトをひとつ外し、バックパックをひきづるようにして左右に座席の並ぶ狭い通路を歩いて行き、自分の席を見つける。上の棚は荷物で一杯で主に衣類の入った大きなバックパックを置く余裕はない。
だれかが、「バックパックはバスの天井だよ」と言う。もうバスは出発まぎわで、他の乗客に迷惑をかけたくはない。貴重品の入ったショルダーバックを自分の席に置く。満員なのだから、まさか盗まれたりしないだろうという予断がある。
私はバックパックを再び引きずって通路を歩き、バスの外に一度出る。上を見上げる。
バックパックやスーツケースのような重い荷物は日本のバスのように下層の格納庫に入れるのではなく、バスの天井に置き、網で固定する方式なのだ。
私はたてかけてあったハシゴを使って自らバスの天井に乗って細身の若い係員にバックパックを渡した。そして、落ちないようにきちんと網の中に入れ、網を固定したことを確認し、ほっとしてバスの中へ戻った。
さあ、出発。10時間ほどの旅で、翌日にはペルーだ。
ところが私の座席に行くと、摩訶不思議、私のショルダーバックは忽然と消えている。まさか?
気の利いた乗客が上の棚においてくれたのだろうと、左右上部を見回すが見当たらない。私の愛用してきた茶色の見事なショルダーバック… 中にはパスポート、ドル紙幣、トラベラーチェック、カメラ、英文の旅行ハンドブックShoes string(地球の歩き方などない時代)などが入っている。こんなバカな。まるで手品だ。
乗客に聞く。
「ここにあったバック知りませんか?」「バックがなくなったんです」
老いも若きも男も女も褐色の肌も白い肌も無言で首をかしげたりしている。
満員の中で盗まれた?
「ない、ない、ない、盗まれた!」
乗客はみな初心な旅行者を心の中で嘲笑うがごとく、知らんぷりだ。
エクアドル、恐るべし。やはりくせー野郎どもだ。
メキシコではバスの中で落とした財布をおいかけてきて、渡してくれた乗客がいたし、劇場で忘れた辞書をわざわざ下宿まで届けてくれた女性がいた。メキシコ万歳! エクアドル最低!
「バスの係の人にきいてみたら」
というおばさんがいたので、運転手に「出発しないでくださいよ」と声をかけバスを一度に降りて、天井から降りていたバス会社の若い係員に食ってかかる。
「私の荷物、貴重品が盗まれた、盗まれた、出て行ったのを見ただろう、泥棒!」
若いメスティーソは落ち着いたもので、「どうします、バスに乗りますか、それとも降りますか、あなたのバックパックは上だし‥‥」
発着場にあるバス会社のブーツに駆け込み、「盗まれた」「盗まれた」「貴重品」「パスポートもだ」とうろたえて訴えるが、ちょび髭を生やした中年の社員は「それは大変ですね」「かわいそうに」というだけで、まったく他人事で、ラチがあかない。
どうすればいい? 警察に訴えるか?
人生でものを盗まれたのは初めてだった。
このとき、大変なことになったという思いもあったが、不思議なことに私は恥ずかしくなってきた。大騒ぎをするのが…。泥棒こそ悪人なのに、盗まれた自身が悪いし、自身の愚かさを晒しているように感じた。誰でも自分の不手際は白日の下にさらされたくないものだ。
動揺している私の思考は、自分が死ぬときが一番恥ずかしいじゃなかろうか、などとさえ考えたのである。こんな恥の感覚は日本人にはとくに強いというが(たとえば『菊と刀』ルースベネディクト)、海外慣れした今の私ならばまったく違う行動をとったであろうと推測される。あのとき、若くて初心な私はというと、なんと、早々、あきらめちゃったのだ。
乗客もバス会社もみんなグルだ、などと冷静に考えたのはあとになってからだった。
つまり、バックパックを天井から戻してもらった。そして私は途方に暮れて私のものであるはずだったバスが排気ガスを吐きながら出発する姿を寂しく見送った。
バカだ、マヌケだ、もう死にたいぐらい…(さあ、金を借りて借りて借りまくれ へ続く)
注:カメラがないので、写真はその20年後のエクアドル
