グローバルサウスを実践するー世界潜入取材記ー

新婚旅行でジプシーを警察に突き出す

スペイン アルへシラス/モロッコ フェズ 

 

 場所はスペインのアンダルシア地方のアルへシラス。モロッコのタンジェ行きのフェリーが今にも出航せんとして、汽笛を鳴らしている。時計を見ると一〇分後に出航してしまう。

 急げ、急げ!

 

 私たちは慌てて走っていた。私たちというのは、もう一人いっしょに走っている者がいたから。妻だった。新婚旅行である。でも重い荷物を背負ってのバックパッカーだった。行きの飛行機の予約と初日のホテルの予約以外は、行き当たりばったりである。

 

 バックパックとショルダーバックのベルトが肩にめり込んでくる。息も切れる。港には本州と北海道を結ぶかつてあった連絡船にそっくりな船が待っている。

 過去のこれと似た状況が脳裏に浮かんできた。一七年前のエクアドルのキトだ。私は赤道記念碑を見学した後、バスでキトの宿に戻り、慌ててバックパックを背負いショルダーバックを肩にかけて走っていた。予約していたペルー国境向けのバスの時間が迫っていた。息を切らせて走りに走りバスの発着場に着きどうにか間に合った。私は貴重品の入ったショルダーバックを自分の席に置いてバスの外に出た。バックパックやスーツケースのような重い荷物は下層の格納庫に入れるのではなく、バスの天井に置き網で固定する方式だった。私はたてかけてあったハシゴを使って自らバスの天井に乗って若い係員にバックパックを渡した。そして、彼がバックパックをきちんと網の中に入れ、網を固定したことを確認し、ほっとしてバスの中へ戻った。さあ、出発。一〇時間ほどの旅で、翌日にはペルーだ。

 

 ところが私の座席に戻ると摩訶不思議、私のショルダーバックは忽然と消えている。まさか? 気の利いた乗客が上の棚においてくれたのだろうと、左右上部を見回すが見当たらない。私の愛用してきた茶色の見事なショルダーバック… 中にはパスポート、ドル紙幣、トラベラーチェック、カメラ、英文の旅行ハンドブック『Shoes string』などが入っている。車内は満員だったので、まさか盗まれまいという予断がある。乗客にあれこれ聞くが、初心な旅行者を心の中で嘲笑うがごとく、みな知らんぷりである。

 エクアドル、恐るべし。メキシコではバスの中で落とした財布をおいかけてきて、渡してくれた乗客がいたし、劇場で忘れた辞書をわざわざ下宿まで届けてくれた女性がいた。メキシコ万歳! エクアドル最低! 翌日バス会社のオフィスにパスポートだけは戻ってきたので、エクアドル人たちは「紳士泥棒だ」と声を上げたのである。

 

 まるで走馬燈のようにそのときの光景がよみがえってきていた。旅は時間に余裕のない行動をとるとろくなことはない。そう学んだはずだった。だが同じ失敗はしまい。状況は似ているが、今回待っているのは船、単独行ではない、必要ならば独りが荷物を見張ることがきる。それにスペインは途上国ではない。

 

 ところが我々を桟橋の前で私たちを待ち構えていたのは、とらえどころのない希薄な輪郭の、ひょろっと背が高く、やせ細っているぼやっとした青年だった。顔も細くてヤギのようだ。目はアジア人のように目尻が尖ってる。青いジーンズに白いシャツ。ジプシーに違いない。

 

「フェズに行くのか?」

 青年は聞いてくる。

「そうだ」

「切符は?」

「ある、これだよ」

「じゃあ、スタンプを押してくる」

「スタンプ?」

「それなきゃ、乗れないよ」

 横目で見ると、客が船のタラップを次々と上がっている。時計を見るとあと5分。

 国境を水域で渡ったのは、一〇年以上前、ラプラタ川だった。アルゼンチンのブエノスアイレスからウルグアイモンテビデオへ。そのときのパスポートコントロールは、どこでやったのだろうか? 思い出せない。時間がない。

 えーい、ままよ。

 私たちは、この青年に切符を渡した。彼はぱーんと路地の方へ走る。

 すぐに後悔した。

 青年はどこかへ消えた。あとの祭りか?

 騙されたのかという疑念が頭に浮かんで、妻と顔を見合わせたが、すぐに青年は戻ってきた。人を疑うのはよくない。

「さあ、これでアフリカへ行ける。よい旅を」

 なかなかよい青年ではないか。付け加えた。

「ただ、スタンプ代一五〇〇ペセータだ」

 

 スペインがユーロを使う前の話である。一五ドルほどの金額だ。財布の中を見ると、五〇〇〇ぺセータしかない。「じゃあ、お釣りをくれよ」とうかつにも金と切符を交換した。すると、青年はキラリと細い目を光らせたと思うと、先ほどよりもずっと早いスピードで、すたこらさっさと背中を見せて、どんどん走っていく。いやただ走っているのではない。逃げているのだ。

 

 私たちは唖然と青年の白いワイシャツと青いジーンズが遠ざかっていくのを見送る。

 くそー、騙された!

 追いかけるか?

 でも時間がない。

 目の前の船を見る。船員が友綱に手をかけている。諦めて出航直前の船へ走った(続く 船上で復讐を誓う

ジブラルタル海峡を渡り、モロッコ タンジェの街が見えてきたが

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