今日 ホームレスに戻ることにした 12

★原宿で遺体を探す
2.公園で契りを結ぶ
★女ホームレスとの健康デート

 奥さんの渡辺さんと会ったのは、その二週間後だった。代々木公園の彼らの自宅のテントの中に声をかけると、橋本さんと奥さんがいっしょに出てきた。
 奥さんは少し腹が出て、太っていた。花柄のムームーのようなものを着ている。痩せている旦那の橋本さんとは対照的だった。最初立ち話をした。
「腰が悪いそうですけど、調子はいかがですか?」
「少しよくなってきたわ。この腰のせいでわたし今はこんな生活よ」
 渡辺さんは一人でアパートに住んで仕事もして自立した生活を送っていたが四〇歳後半になって腰が悪くなり、仕事が続けられずアパート代を滞納し、路上に出たのだという。
 橋本さんが、妻の言葉に、
「だから住みこみの仕事に行けないんだよ。それならあるのにな。そのことで始終喧嘩になるのさ。女房だって大塚まで三二〇円かかるから」
と責めた。彼女はある意味足手まといなのかもしれない。
 渡辺さんは澄ました顔でマイナスイオンの話に転じる。
「あれはきくは。マイナスイオンが出るから、地面に住んでいるこういうホームレスが健康には一番いいんですって。電気に囲まれている生活は悪いに決まっている。リュウマチが治った人いるし、以前はつきそいの自転車に寄りかかりながらやっと歩いていた人がさっさと歩けるようになったんだから。奥さんを連れてくればいいわ、悪いんでしょ? ただですからね」
「ええ、今度つれてきますよ」
 おれは素晴らしい計画を思いついていた。
 妻と渡辺さんを友人にさせて、とりあえずホームレスとその生活に対する免疫を植え付けようという計画だ。日本では夫婦ホームレスも少ないが、家族ホームレスはめったに見かけない。長男は幸い段ボールハウスごっこが好きだ。途上国ではスラムには家族で住んでいる。一方、日本では普通夫が路上か公園に出ると、一家離散になるのだろうが、ホームレスになってもいっしょというのが本来の普通の夫婦の契り、家族の絆ではないか。
 そのとき、彼ら夫婦はちょうどNHKに出かけるところだったので、おれも同行することにした。
「涼しいところでテレビが見られるから、これまでいつも相撲を見ていたよ。六時までだけど。冷たい水もあるしね」
 橋本さんは紙袋に財布などの貴重品を入れて、それを持って歩いていく。奥さんは日傘をさしてしゃなりしゃなりと歩く。ホームレスには見えない。
 NHKには、大型のテレビのある部屋が解放されている。おれたちはソファに座った。テレビはニュースをやっていた。
 冷水を汲んで二人に渡し、おれも喉を潤した。さすがNHKはサービスがいいと人の善いおれは思った。でも考えてみると、料金を支払っているお客なのだから、それぐらいは当然だ。しかも、その数年後に、NHKはおれが血の滲むような努力で確立した「ホームレス原理(=無縁社会)」をおれに断りもなく剽窃し、しかもそれを深めるどころか、薄っぺらい人情話にして全国に広めるようになるとは、このときには知るよしもなかった。
「代々木は上野よりも娯楽が充実していますね」
 おれは隣にすわっている橋本さんにいった。
「月曜日に電力館に行くと一〇〇円で映画がみられるよ。カサブランカ、おしゃれ泥棒、シャレードとかね」
 電力館は今になって思えば東電による一般人に対する洗脳施設であった。
 橋本さんは代々木公園の短所も付け加えてくれる。
「でも、代々木は夜になると五月蝿いですよ。バンドやなにやら練習に来るんです。。夜中中太鼓の音が響いたりしています。でもこっちもホームレスだから文句いえませんしね。上野公園は満員みたいだけど、代々木はまだ住めるみたいですよ。管理事務所にいけば、ここにテントを張りなさいっていってくれますよ。まあわたしたちのいるところはこれから花壇を作るとかで、別の場所に移らなきゃいけないけど」
 橋本さんは、おれが公園に住むための下調べをしているのだと、勘ぐっている節がある。
 そろそろ、昼食の時間だったので、おれは仏心を出して「いっしょに食事しませんか」と誘った。そのときは原稿料がはいっていて珍しく少し金があった。だが、橋本さんの決然とした答えは意外なものだった。
「飯はいいよ。自立してやっているから。奢られるとかそういうのはしないんだよ。いやだろうお互いに。助けないかわりに助けられない」
 貸し借りを作らない生き方は、自由である。だが、逆に追い詰められやすいともいえる。
 その日はおれは家で食事をすることにして、彼らに別れを告げた。 

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★「今日 ホームレスに戻ることにした」(彩図社)として、2月28日発刊予定です。第一章は ホームレス入門 と以前の書籍タイトルと同じですが、今回の内容は取材というよりは、実際に上野に住んだときの出来事です。
★写真は取材時の山谷と墨田川です。お正月に会った方は、ホームレスだったとき、「ホームレスがと思うけど、公園によく中華とか出前とってたよ。焼肉パーティもやっていたし。まあ、よく火事だと思われて、すぐ前の消防署から消防車がでてきたけど。案外ホームレスも苦にならんかったな。そこから仕事にいってたし」とのことです。
★サッカーの話しですが、オリンピックが楽しみですね。ジャーナリストの中には、なでしこの国民栄誉賞は気に食わないという方も多々いたようですが、時期的に当然でよろこばしいですね。沢選手のバロンドール受賞も当然かなと思います。でもロンドンではマークされるし、そのほかのことで選手は忙しいし、なかなか金メダルは難しいかな。むしろ、男子に奮起してもらいたいですね。