Alberto Leonは夜の8時の薬局から出て、自分の軽自動車に乗ろうとしたときだった。
ごつんと後部にあたるものがある。
「入れ」
銃口である。いわれたまま、運転席に入る。見ると二人の若者である。一人は10台後半、もう一人は21、2才だろう。
「あけろ」
ドアを開けると一人が助手席にもうひとりは後部座席にのった。
後ろの男が拳銃を後頭部につきつけた。
「言うとおりにしろ。さもないと殺すぞ」
「わかった」
「発進しろ」
アクセルを踏み込んだ。
「Puerto Cabelloは知っているな」
「ええ」
「サンタクルス街のXX番セクターへ行け」
そこは超殺人率の多いバリオである。
しかたなく車の方向をそちらへ向ける。港町の中は8時を過ぎるともう人影は少ない。
移動は車である。
「あのやろう、今すぐやってやろうぜ」
「ああ、あっちにいるはずだ」
二人は興奮した口調である。
人殺しのための足に車を使うのだ。
殺しの場面を見たならば、目撃者。それに銃撃戦になる可能性もある。命はないかもしれない。
「おまえ、住まいはPuerto Cabelloだな。名前と住所は?」
アルベルトは咄嗟にうそをいった。
「もう、一度、いってみろ!」
彼はそのうそを見事に繰り返すことができた。自身、落ちついていることに満足した。
この街に住む限り、一度は二度はこういう目にあうのである。毎日、毎日、人が殺されている。そのときの準備はできていた。
「財布と身分証明証を出せ、運転免許もだ」
隣に座っている男がいった。
彼はダッシュボートを開けた。
男がその中をさぐり、紙幣と証明証類のはいっている皮の財布入れを手にした。
「あそこでとまれ」
4つ角のしまった店の前だった。
後部座席の男が車内の照明をつけた。
「ちぇ、しけてやがんな」
隣の男は紙幣を数えている。400ボリバル(約100ドル)ほどが入っていた。
「へ、これを見ろよ」
万事急須だ。
後部座席の男に照明証を渡したのである。
そこには住所や電話番号が書いてある。
「ちぇ、おちょくりやがって。おれらを馬鹿にするとてめーの家に踏み込むぞ」
ぞっとした。
妻子の顔が目に浮かんだ。病弱な3男はまだ生まれて一年である。
「まあ、いうとおりにすれば、おまえには何もしないさ。時計をはずせ。携帯電話と金目のものは全部出せ」、
いわれるとおりにした。
男は黙って、カーステレオをボックスからはずした。
それを見て逆にアルベルトをほっとした。車は盗まないということだろう。
「行け!」
アクセルを踏み込んだ。
目的の市外に入った。
殺伐としたバリオである。殺風景な家並み、掘っ立て小屋、小さな店がある。チャベスの社会主義による貧困対策などまったく届かない地域である。
「わかっているだろうが、しばらく、人を探す」
「裏切り者を殺すのさ」
背後で拳銃のリボルバーを回す音がした。
サンタクルスxx街をぐるぐると回った。人影はほんとうにまばらだ。時々、車を止めさせられた。すると後部座席の男が外に出て、鉄格子に守られた家のドアをノックするか大声で声をかけた。
3軒ほどの家の前にとまって同じことを繰り返したが誰も出てくる気配がない。
「ちぇ、今夜はこれぐらいにするか」
男たちに車に乗り込まれて、2時間ほどであったが、その間、あまりに長く感じられた。
「とまれ」
「とんだくたびれもうけだぜ」
背後の男がいった。
小さな公園の前だった。
車をとめると、横の男がいった。
「おれたちが出たら、すぐに行くんだな。このへんは危ないから、強盗に気をつけるな」
「もっとももう盗まれるものもねーか」
背後の男が笑った。
男たちはドアを開け、外に出た。
同時にアルベルトは急発進した。ともかく早めにこのバリオを抜け出す必要があった。
夜の道を猛スピードで走った。
ほどなくして対向車が来た。
運転手が手をかかげた。とまれと指をさした。強盗である。
あわてて、ステアリングを切り、アクセルを強く踏み込んだ。
頭を低く構えた。
対向車とすれ違った。
息を止めた。
なにか、大声が発せられた。だが、撃たれなかった。
ふっと、一息。
そのまま、バリオを抜け、無事家についた。
翌日、彼は上司を街一番の高級ホテルに向かえにいった。そのホテルの背後の路上には朝から撃たれたに違いない血にまみれた死体が転がっていた。
(写真はPuerto Cabello市街の落書き、資本主義 対 社会主義;社会主義には平和、命、資本主義には、テロと殺人などと書かれている。さて、われわれはどこに行けばいいのだろうか?(筆者))