決勝 理想と現実 ドンキホーテとサンチョパンサ

 1974年、ヨハンクライフ率いるオランダ、オレンジ軍団は、そのトータルサッカーでサッカー界を席捲していた。ワールドカップの決勝戦はその申し子、ヨハンクライフが率いるオランダ 対 闘将ベッケンバウアー率いるドイツ。

 高校サッカー部に属するぼくは固唾を飲んでその試合の行く末を見守っていた。ともかく驚いた、前半ボールを回し続けるオランダにドイツはまったく手が出ずに、一度のオランダの攻撃にPKを献上。ところがその後はクライフが封じられ、結局2対1でゲルマン魂のドイツが勝利した。

 翌78年大会もオランダは決勝で地元アルゼンチンの前に延長で涙を飲む。

 そして、32年後、彼らは、オランダの攻撃的な美しいトータルサッカーを諦め、ただ勝つための現実的なチームとなった、つまり、シュートもパスもともかく正確に、そして得点はされない、負けないというチームに生まれ変わった。それは、つまり、今回のブラジルや日本のやり方である。

 そして、不思議なことに、オランダのトータルサッカーを引き継いだのはスペイン、もっといえばバルサだった。

 理想のサッカー。美しくパスをつなぎ、相手に少しづつ圧力を加え、最後の一撃でとどめをさす。ある意味サッカーの理想系、闘牛士のサッカーだ。

 スペインはヨーロッパカップもワールドカップもその理想で戦った。オランダは理想を捨て、負けない、勝つためのサッカーを実践した。

 ぼくには、スペインは理想に燃えるドンキホーテ、そして、オランダは現実にだけ生きるサンチョパンサに見えた。

 現実では、サンチョパンサが勝つことが多い。だが、今後のサッカーの主流を考えるとはやり美しい、スペインのサッカーに勝ってもらいたい。

 ぼくはショッピングセンター内にある、大きなレストランのパブリックビューでスペインを応援した。

 開始から10分を除いて、どうもオランダのほうに分がある。つまり、お互いに相手のよさを消す現実的なサッカーのペースになってしまった。もちろんオランダは、パス回しをさせないためにレッドカードの可能性と引き換えにスペインに激しいチャージをかけた。それが、利いた。

「オランダはレッドカードが出るよ。その前に得点をあげればオランダだ」
 ぼくは予言者のように、自慢気に断言した。

 そして、延長後半にーその前の後半からオランダは足がとまり、中盤をスペインにやられていたのだがー案の定、ハイティンハにレッドカードが出る。そして、イニエスタのゴールが劇的に決まって、スペイン優勝だ。

 理想の勝利、ドンキホーテの勝利。これでブラジル大会は、強国はみな攻撃的なサッカーを目指すに違いない。
 当分、面白いサッカーが見られそうだ。