さて、サンボドローモ(会場)でカーニバルはこんな風に始まったんだ。

                                                                                                                                    • -

ウオ−ン、というサイレンがなったのは定刻を少し過ぎた頃だった。右前方に集まっていた最初のエスコ−ラ、ウニ−ドス・ダ・ティジュ−カの300ものバテリアが一斉に火を吹き、ブ−ンチャカチャカ、ブ−ンチャカチャカ、という高音と低音の入り混じったリズムをうちならし、会場を埋め尽くした9万の観衆の足元から、腹の中に響き渡り、ウオ−という歓声と共に、みな総立ちになり、サンボドロ−モは激しく揺れ動いた。
 (なんといってもサンバの本質はバテリア=パーカッションにある)

 しかし指揮者の笛とタクトの動きにしたがい、バテリスタは、観客をじらすかのように、ばちを持つ手を止めてしまう。まるで時間が停止したかのようにみな息を飲む。それが間隔を置いて2度3度繰り返され、やっとコミッシオン・デ・フレンチが行進を始め、バテリアの音に乗って、プサド−ル・デ・サンバの歌うテ−マソングが、超大型スピ−カ−から、明るく輝く、開けた空間に鳴り響いた。

 ぼくといっしょにいったムラ―タの女性はすでに腰を揺らしてサンバを踊り始めている。彼女は黒く輝く女神となって空間からはみださんばかりに横溢している。隣で、背後で、正面で、足元で、9万の肉体が揺れ動いている。

横一列に並んだ彼らは、頭にインドの土侯が被るようなタ−バンをつけ、背中に白い羽をはやし、薄水色と銀色に輝く鎧直垂のようなもので躯をおおってた。(マラジャ=インチキ公務員、勤めていないのに給与だけもらう)

彼らの後には、巨大な孔雀のアレゴリアが続き、中央の一際高いお立ち台には、数メ−トル長の紫と黒の見事な羽をつけたデスタ−ケが観客に愛嬌を振りまき、彼女を囲む、胸と腰に銀らめのささやかな衣装をつけたムラ−タは背中に水色のシ−スル−のバタフライをまとい、褐色の肌を惜しげもなくさらして、激しく腰をくねらせて進んでゆく。

 続けるのには、かなりの体力が必要だったし、以前踊り場から落ちてけがをするサンビスタが絶えなかったので、現在は、落下防止の鉄のバ−が必ずつけられている。

サンボ−ドロモの9万の観衆が、いやそればかりではなく、サルバド−ルでマナウスサンパウロポルトアレグレでレシ−フェでオリンダでフォルタレ−サでベ−ジョ・オリソンテでカンポ・グランジでコルンバで、名もない小村で、当時ブラジル中が1人当り1、000ドルに及ぶ対外債務の泥沼の中で、踊り
狂っていたのである。

 そしてー

吹き曝しの開けた空間の下のパサレ−ラを歩いてゆく黒人も、白人も、モレ−ナも、見事な胸を揺らしているトップレスのムラ−タも、

 くるくる回っている重厚なバイア−ナも、豪華なファンタシ−アを晒すだけで踊らないデスタ−ケも、インド人の格好をしたマラジャも、旗を振り回して飛び回ってるポルタバンデイラも、大げさな動作や躯の暗号で指揮を取るメストレサ−ラも、見事なステップを踏むパスト−ラも、

 タンバリンを人差指の先でくるくる回しているパシスタも、地味な白いシャツを着てアレゴリアを押してゆく裏方のペソナル・ダ・エスティ−バも、響き渡るバテリア、アゴゴ、レコレコ、マラカス、クイカなどの音も、プサド−ルの太い声も、くるくる回る宇宙船や巨大な城のアレゴリアも、それら全てが僕の胸の中に喚起したのは、そこはかとない哀しさだった。

 それはメキシコのガルバルディ−広場のマリアッチのトランペットの響きの中に、あるいはやはりメキシコの独立記念日の乱痴気騒ぎの中に、そこはかとなく漂っている悲しさと同質のものだった。


 日本やアメリカやヨ−ロッパの祭りに附随する哀しさとはまた別のものだった。

 それはスペイン人やポルトガル人が到着した400年以上前の南米の近代の起源から、現在に至るまでの、民族の中から吹き出してくる、そして未来永劫にわたってこの地に住む人間が背負っていかねばならない宿命的な哀しさだった。彼ら、彼女らの大半は、元を辿れば、土地を奪われ暴行されたインディオかアフリカから猿ぐつわをかまされてトゥンベイロに乗って連れてこられた黒人奴隷にゆき当るのである。

 それは翌日のマンゲイラの山車ーさるぐつ輪をかまされた巨大な黒人奴隷ーの横に落ちる一輪のピンクの花が象徴していた。

                                                                                                                                    • -

 ところで一昨日、友人の太田みちこさんがボーカルをつとめる「クラーベ・イ・ガラパゴ」のライブを聴きに、いや踊りにいったよ。 イラストレーターのサガ―・ジローさんもいっしょだったよ。

 場所は銀座ラスリサス

 曲はソンとサルサが中心で、とっても楽しめたんだ。

 太田さんの太くてこくのある声もいかしていた。
 みんなも一度聴き踊りにいってみたら!