月曜の早朝だった。朝の5時30分ころにシャワーを浴びていると、親指と人さし指の間に何かが刺さった。
石鹸にとげがあったらしい。
あわてて引き抜く。そのままシャワーを続けたが、ぴりぴりと痛む。親指の根元にかけて、筋肉が赤く
膨れてきて、熱を帯びた。
おかしい、とげぐらいでこんなわけがない。何かが入った可能性が高い。
毒が血液に回るととんでもない。
そこで、会社に行かずに医者に行くことにした。
早朝7時にそばにある私立のクリニックに着く。保険適用病院ではない。国の保険適用医は薬も医者もろくにいないという噂だ。
トータルトリートメントという場所で、待つ。ところが入ってから、別の場所だと知らされ、階下へ降りてそこへゆく。
運の悪いことに、携帯電話がまったく不調でつながらない。しかたなく、その場所の固定電話で、会社に電話をして、病院にいることを
知らせる。運転手をよこしてくれるという。一人にならないほうがいいという。
ぼくは学生時代から海外でも多くのことを一人でやってきた、病院、家さがし、盗難のときの処理。地元の人間がいたほうが確かに
都合がよい。けれども、さまざまな危機的状況では、地元の人間は便りにならないことを僕は知っている。むしろ、自分自身で解決し
たほうが無理がとおるのだ。
さて、電話が終ると、てきぱくしおねーさんが緊急病棟につれていってくれる。医者は女医。この国はどうも女性のほうがどこでも
仕事ができるようだ。
病状を説明する。
「なにか、なんなのかわからないけど、手、ここを刺されたんですよ。熱くって、膨らんじゃって、それにちょっとなんというのかな、
そうあの、ククルクパロマに出てくる、なんだけ?」
しびれるというスペイン語を忘れてしまった。たしか、歌のなかで、身も心もしびれてしまうという、歌詞があったので、ぼくはそ
の歌をうたい、美声を披露した。
「esteremesidoでしょ」
女医は笑っている。
それそれ、震えるですよ:
そして、腕のつぎに、問診。
「胸が苦しいことはない?」
「自宅に牛や豚とか動物はいる?」
胸に聴診器をあててもらってから、結局、外の通路で処置される。看護婦がきて、血圧をはかる。問題なし。そして腕をアルコール消毒後−
えー注射なんてきいていないぞ。
いたい!
まずは点滴のための器具をはりで腕にさしこみ、まもなく点滴をもってきて、そこから液体を注入する。身体にどくどくとその液体がはいっ
ていくのがわかる。
注射は痛い。それに寒い。冷房がきいていて、医療従事者たちはみなジャンバーを着ている。となりの、気分が悪くいしている、中年の女性
も寒いと震えている。
彼女はだんなといっしょにきていて、青ざめた顔をして、溜息をついているのに。
ここにきた患者はみな凍えて風邪をひくことになる。
女医がでてきたので、
「寒いですよ。みんな風をひくよ」
「そのとおりね」
といってすましている。
アンチアレルギーの点滴が終ったら、次は痛みとめだ。点滴2本とは、大袈裟なことになった。
せいぜい、腕に軟膏を塗るぐらいで終わると思っていたが、
さて、運転手のホセがきっと探しているだろうと思いうので、女医に頼んで、電話をつないでもらう。
「ホセ、どこにいるんだ」
「病院だよ。そっちこそどこだ」
「緊急病棟だよ」
女医に説明してもらう。しばらくして、ホセがくる。
その後、30分ほどで、ホセといっしょに薬を買い、携帯電話を直してもらい、トリンチュエーラという温泉場で食事をして現場へと戻ることになった。
それにしても悪いこと続きだ。ある人間が逆恨みをして、ブラジルの黒魔術でぼくを呪っているというから、それが成就されたのだろうか。
翌日ぼくいはすべてを失うことになる。