カリブを潜る1

 自宅から1時間車で行くと Tucacasという観光地がある。Parque Naciona Morrocoy(国立公園)の中にある拠点である。カリブ海。そこのいくつかの船着場から、カリブ海の島々へと行ける。
 
 一帯は広大なマングローブ地帯である。

 マングローブとは不思議な生き物で、汽水域(海水と淡水の微妙な区域に生息する)に生息する。何枝にも分かれた気根部分には、稚魚が数千、数万匹と生息する。稚魚は大人になるのだから、そのような海は豊かなのである。 
 
以前、マングローブと読んでいる知人の専門家に誘われて、エクアドルにある世界一高いマングローブ保全の仕事をしたことがある。
 
毎日、マングローブ蟹を食べ、アマゾン流域を船でさかのぼり、そして呪術師に時折、体をみてもらった、いい思い出がある。
 けれども、その計画はどうなっただろうか。お金をエクアドル環境省の元次官に待ち逃げされたようなことを聞いた。

 さて海。ぼくは金槌で、ろくに泳げないのだが、シュノーケルで世界中の海をこわごわともぐってきた。ぼくの独断と偏見でその美しさ、透明度、魚の美しさ、などから順位をつけると、

1. サウジアラビア 紅海
2. 沖縄 慶良間諸島、あるいは八重山のどこか
3. 小笠原、南島
4. 南太平洋離島(マーシャル諸島のヤルート)
5. カリブ海 (メキシコ)

となる。

 すべてにコメントすると長くなるので、首位の紅海についてだけ、敬意を払って手短に述べよう。
あれは、突然ふってわいたような話で、イスラム諸国でリース産業をはやらせようというプロジェクトだった。
 親分、胴元は「イスラム開発銀行」(イスラム世界の世銀のようなもの)。その銀行がイスラム諸国の開発のため人肌脱ぐ、いや、一方ではお金を貸して儲けたい、けれどもイスラム法では金利を取ることを禁止している。そこで、目をつけたのが、リース産業だ。

 リース産業ならば、直接の金利ではなく、これが苦しいところだがReturnという言葉で、リースの利率により戻ってくる金額を定義した。

ぼくはまるで専門家みたいな顔をして、サウジアラビアのジェダにあるイスラム開発銀行の本部に乗り込んだのである。

 とまあ、仕事の話はこれぐらいにして、海。

 その海は、商社の駐在員が招いてくれたプライベートビーチ。彼は大阪外語(さびしいことに今はない)のアラビア語学科出身だった。もちろん単身赴任。家はプールつきのコンドミニアム。今ぼくが駐在しているバレンシアのぼろ屋とは違う。

 だが、サウジの単身赴任はこのベネズエラよりも堪える。酒が飲めないだけではなくに、娯楽が少ない。ゴルフ場はあるが40度の炎天下、砂漠なのですべてバンカーである。女性の写真をとることさえご法度。
「宗教警察がいるからね。女の写真を撮っただけで、刑務所ってこともありえるよ。なんせ空港で、スポーツ新聞は没収だから。相撲の写真があっただけで、これは男か女かわからんとか」

 それだけではない。サウジ国民以外、外国人は2流、3流の人間と見られる。

アメリカ人や日本人がどうにか2流。お手伝いさんのインドネシア人やフィリピン人は3流。彼らはつくなり、パスポートを主人に取り上げられるからね。フィリピン人はキリスト教だからもっとひどい。ちょっと気に入らないことがあると、キリスト教を布教したとか難癖付けられて、どこかに消えちゃうんだよ。フィリピン大使館には行方不明のフィリピン人を探すための担当官がいるぐらいだから」

 とはいえ、ジェッダの町は清潔である。厳しいイスラム教があるせいで、このベネズエラと比べると治安は天と地だ。

「そうはいってもこんなことがあるよ。ある商社マンだけど、家族で赴任していて、家に戻ると妻が殺されていてね。すぐに警察に電話したんだけど、第一発見者なので夫のその商社マンが第一に被疑者として疑われて監獄入りだよ。なかなか出ることができなくて、狂い死にだよ。こんなのは、新聞には出ないように会社が握りつぶすけど。さあ、海に行こうか」

 よかった、よかった。アラビア語学科などに行かなくて。少なくとも、このつまらない、ラテンとはいえないベネズエラでも、酒は飲めるし、女性の写真は撮り放題だろうし、まあチーノとしか呼ばれないのは少し民族的な感覚を刺激されるけど、治安さえ気おつければまだましなのだ。

 サウジアラビアの一般の海は公共バスと同じように、女性と男性で浜辺が区別されている。女性はあの黒いチャドルと白い衣服のまま海に入る。海水着などつけない。肌をさらさない。お尻も胸もできるだけ曝け出すベネズエラとは、180度違う。

 その海で、足ひれとシュノーケルを借りて紅海に入った。ずいぶんと遠浅で、沖に出なくては魚といっしょに泳げない。

 沖とはリーフの外である。内側は足が立つが外側はもう立たない。水深数十メートルはある。ぼくはせいぜい20メートルぐらいしか泳げない。だから怖い。だがリーフの外に出てみたい。魚らしきものがたくさんいるではないか。

 勇気を出して、リーフの外へ泳ぎだす。怖いので半円形に外と内をいったりきたり。リースの外は別世界。まさにエメラルドグリーンの透明度の高い海に、これぞ熱帯魚というべきカラフルな魚の大群があっちこっちに泳いでいる。

 この美しさは、抜きん出ている。だが、水の深さも深い。なかば金槌には怖い、だが美しい。美しいものには、いつでもリスクがつきものということか。

 ぼくはリーフの外をいったりきたり、時々足がつりそうになり、危ない! 
 もうやめようと何度か思い、思い、海底の魚たちに魅入られ、何度かめに足がつりそうになったのを機会に陸へ戻ることにした。

 浜辺に身を横たえぐったり。気づくと、よほど緊張したのだろう。シュノーケルの加え口のゴムを噛み切っていた。借り物だが、恥ずかしいので何も言わずに返しておいた。

 他に調査団の連れは3人いたのだが、リーフの外に出たのはぼくひとりだった。 

 仕事の話に戻るが、この数年後、金利を取る銀行やファンドが集まったニューヨークのビルが自爆テロの餌食となった。けれども、今イスラム諸国ではリターンという名で金利をとる、リース産業があれ以来栄えているそうな。


 さて、さて、このカリブの島々はどれほど美しいのだろうか。