けれども世はぼくを見捨てなかった。
すたすたすた、という軽い足が聞こえてくる。ふとっちょの多いこの国において、これは長身の人間、それだけで知性を感じるーを意味する。
そう、ついに、現れたのである。なにがって医者が。かつては美しかった痕跡を残している中年の黒髪の長身の女医である。
やっと治療が始まる。
気分が楽になり、幾分、吐き気が収まった。
彼女はまずはぼくのところへきて、
「あと少しで終わりますから、そしたら、みます」
といって、隣の横になってずっと点滴をやっている女性をみる。
彼女は緊急病棟なのに、なれているらしく、なにやら話してから、すぐに病室を出て行った。
次に、点滴が終わっている太っちょの診察をする。太っちょに聴診器をあて、早口でなにやら話している。彼もすんなりと診断がすんで帰る。
残ったのはぼくひとりである。
点滴はすでに終了している。
女医が聴診器を持ってきて、
「上着を脱いでください」という。
ぼくは体を起こして、上着を脱ぐ。寒い。
彼女は胸と背中に聴診器をあてる。
「77(シエテ、シエテ)」といえという。
ぼくはそのとおりにする。
そして、隣で立っている研修医がもっている、レントゲン写真を見る。
「かなり肺があれてますね」
そういいながら、血液検査の結果にざっと目を通す。
ぼくも心配なので、首をのばす。数値は何を意味しているかわからないが、Negativo(陰性)という意味だけはわかる。
インフルエンザA, B,デンゲも陰性、ひとまず安心だ。
「あれ、」
突然、女医の顔色が変わった。
「この数値は?」
研修医もびっくりしたようである。ふたりは唖然と顔を見あわている。
「これは、機械の間違いかもしれませんね。でも心配だからすぐに調べましょう。きてください」
ぼくはあわてて、どこかへつれていかれるのだ。
何かしら、とんでもない数値が出ているのだ。二人の様子からして、ただごとではない。