白血病か、がんか、心臓か、それとも、熱帯のとんでもない悪性の病か。
機械の故障であることを願うが、あるいは、人為的ミス…….
いちど、『週間スパ』残酷サラリーマンの特集で相談にのったことがある。
手術室で、手術機器の設定をする技師が、
「残業が180時間で、朦朧として働いていいます。一度まちがえたボタンを押しかけたのですが、そのときはたまたま助手がいて助かったけど。いつ医療ミスをおかすかと思うと気きがきではありません。どうしたらいいでしょうか」
こんな趣旨の相談を持ちかけてきたのだった。
この病院も忙しく、いいかげんそうだし、医療ミス、結果そのものが他人のものの可能性がある。
ぼくはそんな願望にも似た思いに駆られながら、ふらふらと立ち上がり、血相を変えた女医と研修医に連れられて、アルコールのにおいが漂う病院の通路を歩いていく
すると、同じような場面がふっと頭上に浮かんできた。
そうだ、心配症の妻のおかげで、何度も無駄な検査を受けたことがある。
サラリーマンだったころは、健康診断があった。必ず何かしらひっかかるのだ。
再検査。
どうせ、検査する側の都合で、数値は厳しく、疑わしきは罰せずではなく、その反対でちょっとしたことでも再検査なのだ。
肺に影があるという。
ぼくは不必要と思うが、妻は医者に行けとうるさい。あれこれ心配するので、ぼくもそのうちがんなのではないかと思ってきた。人の感情にぼくはすぐに感応する傾向にある。
肺がんはすぐに死んでしまう。がんの中でも悪性するのだ。
俺の人生は終わりだ。肺がんなのだ。ぼくはタバコを吸わないのに、周りの人間が吸っているからだ。
千葉大学病院までいって、もう一度レントゲンをとった。年配の医師はレントゲン写真の黒い部分をさしていったものだ。
「これは昔に結核になったことがあるんですね。きっと自然になおったんでしょ」
たぶん、アマゾンで生活していたころのことだ。毎日暑いのにものすごい寒さを感じて数日、震えていたときがある。あのときは、やぶ医者しか村にいないので、ただ耐え、そして旅行に出ることで、急に熱がひいた。きっとあのときだ。
「あと、肋骨に以前ひびがはいって自然とくっついたようですね。そのショックで、心臓が動いて、真ん中にあります。なにか、覚えはありますか、衝突したとか」
こともなげに言うが、心臓って左にあるのじゃないのか?
原因で思い当たるのはひとつだけだ。高校時代、サッカーの試合で、工業高校の1m80センチ、体重80キロぐらいありそうな相手と正面からぶつかったのだ。
あのときはかなり胸が痛かったが、試合中だったので、そのまま試合をづつけた。
「この肺の影は時々うつるかもしれませんが心配ありませんよ」
杞憂だったわけだ。
「でも、心臓が真ん中って何かないんでしょうか?」
「だいじょうぶでしょ」
医者はこともなげに言うのだった。
もっとひどい目にあったのは仕事でインドから帰国したあとだった。