首都大学東京の教授との対話

 『看護ジャーナル』なる専門誌で、「低線量被ばくの影響」にかかわる記事を書くことになった。そのとき、首都大学東京放射線学科長の福士政広教授を取材する機会があった。
 教授とのやりとりを掲載しようと思う。
 その前に、放射線の主要な学説をおさらいしておく。

1.低線量の被ばくは細胞を活性化させるので健康に良いとするホルミシス
2.低線量被ばくのほうが敏感な細胞の突然変異を引き起こすのでむしろ危険だとするECRR放射線リスク欧州委員会)の説。
3.ICRPは100mSv以下での癌リスクは科学的に証明されていないが、放射線防護上はしきい値(影響のある境界値)なしの直線モデルを使い、線量とともにリスクは増える(1Sv=5%。100人に5人)としている。20mSvだと10万人あたり癌に罹患する可能性が増える人数は100人となる。

 なお、言うまでもないが、相手は専門家、私はずぶの素人である。

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★福士教授との対話

福士教授「ECRRホルミシス説は両極端なのでその真ん中のICRP(国際放射線防護委員会)の説をとるのがよいと考えます。ICRPIAEA国際原子力機関)のように原子力を推進するための機関ではなく中立ですし、データやエビデンスもたくさんあります。

 でも、ICRPでさえ、最近の知見からは、厳しすぎると言われています。フランスアカデミーはしきい値が60−70ミリシーベルトにあるだろうといっています。つまりそれ以下は問題なしです」
風樹「ECRRの2009年の疫学調査がここに持ってきました。低線量でも白血病と相関関係があるとなっていますよ。それについては?」

 ブログで紹介しているが、チェルノブイリの妊婦の子宮の内部被曝が胎児1500万人の影響を調査したものだ。対象国は、イングランドギリシア、ドイツ、ベラルーシの0−1歳児。81年〜85年の平常時、86年〜87年の内部被曝に晒さされた時代、88年〜90年のほぼ平常時を比較している。
 イングランド(UK)は0.02mSv、ドイツは0.1mSv、ギリシア0.2mSV、と、低い線量なのだが、結論から言うと43%も白血病になる寄与率が上がっているので、100ミリシーベルト以下は影響が不明という、国際放射線防護委員会のモデル(ICRP model)は破たんしていると指摘している(なおぼくもこのECRRのデータを全面的に信じているわけではない)

福士教授「このデータはおかしいといっている。もしかしたらバイアスがかかっているのではないかと。ICRPの公式見解では低線量では不都合な事象は認められてない。低線量のほうがむしろ影響があるという彼らのモデルに当てはめるからそうなるんです」

風樹「ICRPのデータそのものも間違っているということはありませんか。とりわけ旧ソ連の国々は?」

福士教授「ベラルーシウクライナもヨーロッパがお金を出しているのでデータを国が隠すのはできない状況です。国連も入っていますし。旧ソ連だったらできたかもしれない」

風樹「チェルノブイリの事故は86年の4月です。ソ連の崩壊は91年。その間のデータはどうですか?」

福士教授「それはブラックボックスかもしれません」

風樹「その間のことはわからないわけです。90年頃には、ジャーナリストがずいぶん入って白血病が増えたというレポートがたくさん出ていますが?」

福士教授「なぜ、白血病が? ストロンチウムですか? もしかしたら大量に浴びた人たちがいたのかもしれませんね。でも今の福島はリスクが低いですよ。100ミリシーベルトだと癌になる確率は低い。線量が100を超えることはないでしょ。100ミリでも1万人で4%ぐらいが癌になる確率です」
風樹「しかしそれは大人ですよ。子どもの場合はどうですか?」
福士教授「科学的には大人も子供もかわらないですよ。子どもも大人も同じ元素でできているんですから。細胞分裂はどこが多いか知っていますか?」

風樹「さあ」

福士教授「骨髄です。細胞分裂が激しければ影響を受けやすいのです。でも若いと逆にDNAは修復するのが早い。癌になるのは普通年とってからでしょ。マウスの実験とかでも、生まれてからきちんとした生活をさせれば遺伝子の傷が修復されます。癌は放射線だけでなるわけではありません。肥満にならないとかタバコを吸わないとかのほうが大切です」
 40歳と0〜9歳の子どもを比べると4倍〜10倍も放射線の影響が強いと一般的に言われている。長崎の原爆の経験でも子どもは早期に癌を発症している。さらにぼくがICRPのモデルで計算すると、0−9歳時は20ミリシーベルトの被曝でも3万人のうち150人が癌で死んでしまう。(感受性を5倍と計算)

福士教授「イランのラムサール、インドのケララ、ブラジルのガリバリは放射線が高いけど癌に関して、有為差はありませんよ」
 新聞に出ている放射線の影響図で、世界には高いところもあるというお馴染みの指摘である。

風樹「それは違うのではありませんか? 人間は適応しますから、遺伝子が放射能に対して何か強くなっているとか。日本人がそこにいって影響がないとはいえません」
 たとえば、ベネズエラ人の平均体温は37.5度前後。たぶん、体温を高くして細菌を殺しやすくしているのだろう。

福士教授「うーん、そういうことはあるかもしれないね」
風樹「それに労災のがんの認定基準は10年間で累積50mSvです。実際低い値で認定されていますが」
  (これは後に電話で問いただした)
福士教授「うーん、労災では低いんだよね」

福士教授の結論「まあ、100ミリシーベルト以下ではがんになる確率はすごく低い。でも、あなたがならないかというと断定することはできないんだよ」

 最近、福士教授は講演などでは以前とまったく別の話し方をしているらしい。もちろんそれはいいことである。ICRPでさえ厳しすぎると言っていたのが、いくつかの学説をあげて、「どれを信じるのかは人それぞれの自由です」と。

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原発事故が露わにするもの 

 今回の原発事故は、リトマス紙のように、個々の人間の実相を浮き上がらせてしまったのである。それはチェルノブイリの事故のときと同じである。

「科学者や技術者が単なる技術屋になってしまい、深く広い教養に基づいた倫理観を失ってしまった。文明や技術を生み出したのはドストエフスキートルストイに連なる技術者や科学者であったが、新たな世代は、その文明と断絶してしまった」(チェルノブイリからの証言 ユーリー・シチェルバク)