西川荒川区長からの電話

 夜の9時ごろだったろうか。娘が、「電話だよ。なんか区長から、おとうさん、なんか悪いことしてばれたんじゃないの」といって子機を書斎に持ってくる。
 電話に出ると、西川区長はこう切り出した。
「ああ、先生には心配かけて申し訳ありません。メールでお答えするのはよくないから、それは誤解とありますし、ってみんなにはいったんですよ。お子さんは荒川区の学校に通っているのですね」
「ええ、小学校と中学校です。荒川区放射能測定とかまったくやらないので、一体区民思いの区長がどうしたのかなと思いまして。すくなくとも閉鎖系の池がある尾久の原公園とか浄水場とは測ったほうがいいですよ」
「まあとんでもないことをいうひともいるので、だまっていたのですが、素人が測ってもばらつきがおおいですから、きちんとシンチレーション測定器を使って測る予定なんです。首都大学の福士先生がいらっしゃるから荒川には」
「ああ、福士先生はぞんじてますよ」
 ばりばりの放射能好きの御用学者である。かれは、子どもは放射能に弱くない、ICRPは厳しすぎると主張している。でも測定は専門だし、まさかさすがに数値をごまかすようなことはないだろう。それに彼は案外素直で、ぼくのつっこみには、なるほどそうかもしれないですね、と同意するのである。(福士教授との対話 参照)。
 ぼくは続けた。
「まあ、高い値がさほどでるとは思っていません。でも、測って安心すればいいわけですし、まったく区民に知らしめないというのは、よくないですよ」
「ええ、今、首都大学のほうとは、契約書など作っています。私も孫がいるし、その心配はよーくわかります。でも、極端に心配するのもよくないし、また調べるにはシンチレーション測定器を使って専門家がやらなければばらつきが多いですから。今、しばらくお待ちください。ああ、肉屋さんが親戚? 荒川の肉屋でもセシウムが出たそうで(報道前のこと)。まあ、でも、福島は可哀そうですねぇ。だから、福島の桃を荒川区役所前で販売しました」
 荒川区福島県は特別な関係にあり、戦時中の疎開先である。その関係で荒川区は直接福島に支援している。
「あと、降雨時にはプールの水の入れ替えをしたほうがいいですよ。あれ、基準がおかしいですから」
「水は替えているようですよ。でもどのようにかは担当者でなくては」
「プールはきちんと測定するか、それができないなら雨のときは水を替えるべきです」
 ぼくがプールの水に神経質になるのは理由がある。水道水と降雨の放射線量の基準は大きく違い、雨水の場合は、セシウム量が多くても、検出せずと発表される。つまり子どもは高い濃度の水をのみ込む危険性がある。
一度、文部省に問い合わせたところ、担当官は「なるほど、そうですね。健康にいいとはいえませんね」というのである。
 西川区長は細かい点でもあるので面倒くさく、担当者の任務だろうと思ったようだ。 
「そうですか、では環境部と教育委員に言っておきますので、彼らとお会いして、先生の要求を伝えてください。あと質問状には解答必要ですか」
「いや、測られるならばとくにいいですよ。区長自らお電話いただいたわけですし」
 その後は放射能とは無関係な海外の話題などにぼくらの会話はうつった。

 さて、数日後に、ぼくは環境部の部長と教育委員会の部長とお会いしたが、まったく時間の無駄であった。とりわけ、教育委員は「文部省のいうとおりやっていますが、へー文部省がそんなことをいうんですか」というだけで、線量を計る気もないし、学校のプールの水は時々かえているから十分というのである。この教育委員は、完全な役人気質のノータリンで、子どもを守ろうなどという気概はゼロであった。
 環境部長には「ずいぶん足立区とは対応が違いますね。やっぱり区長の方針ですね」と質したが、もちろんそうとはいえない。
「先日、首都大学の福士先生の講演にいって安心したんですが」と彼女はいうので、
「ああ、あの人は子どもは放射能に強いっていってますから。あと、イランのラムサールとかブラジルのカルバリとか、放射能が高いところがあるけど影響はないと新聞や専門家もいいますが、間違いですよ。たとえば人は放射能の高い場所にいれば適応するんですよ。ぼくがいたベネズエラでは高温多湿で最近を殺すためだと思いますが、平均体温は37度以上ですよ」
 と付け加えておいた。
 いずれにしろ役人は何ら権限はない。区長というのは、知事と同じで直接選ばれているので力がある。代議制の首相などよりも、組織の中で独裁的な力を持つことができる。つまり荒川区の方針は区長の考えと思って間違いがない。

 とりあえず、降雨がひどいときは子どもはプールに入らせない、もちろん閉鎖系の池や自然の多い場所は測定結果がないので行かないように注意した。そして、荒川区の測定結果を待ったのだが…。
 たぶん福士教授は、格安の放射線測定機の開発し販売することに多忙だったのだろう。

 その後、いつになっても測定しないので、また区長に電話をして文句のひとつもいってやろうかと思っていたが、ホームページをみると、6か所の測定結果がでていた。
 ただし、線量が高いであろう場所は測っていない。
 そのころは、ツイッター荒川区の給食についてもあれこれやりとりをしていたが、ぼくはむしろ「愛! フクシマの黙示録」と「ホームスパパ」に渋谷、名古屋、西成のホームレス行脚を付け加えた「震災先駆けホームレス」の原稿を書くのなどで忙しく、足元はおろそかになってしまった。 

 さて、今後。
 東京新聞の記事をうけて、今は区でも孤立してしまった西川区長には2つの対応策がある。そして区民が行う行為はひとつだが、それについては「プルト君を飲んだ? 荒川区長の2つの道」として、ごく近いうちに掲載しようと思う。

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★「愛! フクシマの黙示録」は久しぶりに日本社会を揺り動かすことのできる小説です。
  筆者自ら、自信を持ってお勧めしますので、是非応援お願いします。