被災地の10カ月後 釜石周辺



  仙台や松島には何度か訪れたことがある。石巻は初めてだった。
  石ノ森正太郎は石巻出身だった。石ノ森萬画館も被災していた。



 旧北上川にかかる橋。川を津波が逆流したことがわかる。児童が人災にあった、大川小学校は北上川沿岸にある。小学生には難しいことだが、ぼくの子供たちには「人を信じるな。教師を信じるな。危機のときには自己判断しろ」といっているが、しかし危険については訓練や経験がものをいうのだから、なかなか難しいことだろう。
 






 東京町田市との共催で復興の催しものが行われていた。石巻の学生によるよさこい音頭。寒い土曜日ということもあるかもしれないが、町に人影は少ない。むしろ町民よりも町田の人々のほうが多かったのではないかと推測された。
 このあたりは、まだ満潮時には冠水する恐れがある。
 人々が戻るには時間がかかる。





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こんな看板がある。 無料、無料と書かれているのが怪しく思ってしまう。
きっと、相談が無料なのだろう。
毛髪による放射線量チェックなどの測定が福島県でははやったようだが、かなりインチキ臭い。ここの店の内容は不明だが、被災者を騙す輩も多いだろう。





 仮設復興商店街。商店街がなければ人は定住できない。人がいなければ商店街は繁盛しない。しばらくは、イベントを打ち上げていくほか手はないのかもしれない。













 松島。松島は被害が少なかったようだ。風が冷たく、寒かったので、焼カキと焼ウニを食べてみた。
 なお奥松島の海岸線はすべて家々が流出していた。
 明日は福島県相馬です。