今日、ホームレスに戻ることにした、 その15

★女同士のほうが取材はスムーズだ

 館野さんとおれとホームレス夫婦が会ったのは、明治神宮の手前にあるオープンテラスの喫茶店だった。朝の一〇時頃だった。さすがに館野さんは裕福なだけあっておれとは違う。志賀高原に遊びに行ったときに購入したTシャツと、甘いお菓子を土産にもってきていた。
 奥さんの渡辺さんは、とりわけ甘いお菓子に喜んだ。彼女は太っているのでシャツがあうかどうかはわからない。
 橋本さんとおれはカルピスを、渡辺さんは紅茶、館野さんはコーヒーを注文して、外に出た円卓を四人で囲んだ。
 館野さんは、奥さんに質問をぶつけていき、まれに旦那が解説を入れた。おれにも知らない話があり、興味を惹かれた。
―いつころからいっしょに住んでられるの?
「もう一年になるかしら。こんな年でも危ないのよ。どこも行くとこなくて男を選んでる余裕なんてなかったもの。まあ、この人ならまだましかな、と思って」
 橋本さんは面映ゆい顔つきをしている。
―支援団体とかないの?
「渋谷は『のじれん』が仕切っているわ。でもそれにはいっているホームレスのやつらは最低よ。はいっていれば米でもなんでも支援されるからどうにか生きてられるのよね。一度テントに放火させられたことがあって、それで彼らに相談したら引越したほうがいいっていうのよ。三〇メートルぐらいの距離よ。そんなの台車でも貸してくれたら、一人で二、三時間で終わるのよ。荷物だってたいしてないんだから。でもどうしても手伝うっていうの。お礼がほしいのよ。結局三人が手伝ってメンバー全員の五人にお礼したのよ。ばかばかしい。一万円以上かかったわ」
 上野のホームレスたちが争議団を手伝うのも同じ理由である。支援団体とともに活動するのは、ホームレスにとって世過ぎのひとつである。
―お仕事は何に従事していらっしゃるの?
「わたしは腰が悪くて働けないから、この人が去年はずっと住みこみで働いていたのよ。だから余裕があったわ。でも隣にあの男が引越してきて、とってもわたしひとりじゃいられない。いちどはドンキホーテで買った四千円のテントまでとられて、でも梁山泊の人が取り返してくれたわ」
―その男ってどんな方?
「ヤクザの三下、チンピラだった人よ。フリーマーケットの同僚も手を焼いて、最近一度大ゲンカしていたわ。そのときは機動隊まで出てきたのよ。だって鉄パイプを持っていてそれを振り回すの」
 おれの耳元にブーン、ミシ、ブーン、ミシンという音が蘇ってきて、ぞっとした。上野駅前で凶暴なホームレスが初老のホームレスを鉄パイプで乱打していた映像が頭に浮かぶ。
―そのフリーマーケットとかで何か売れないの?
「毎週、フリーマーケットがあるけどあれも場所の取り合いで大変よ。もう凄い顔の人達だから、海千山千の。わたしたちじゃだめよ。場所代に、二〇〇〇円だから、やめたほうがいいわ。缶集めだっていやな顔されるから、引越しぐらいしかないのよ」
―古本とかどうなのかしら?
 本と関わる仕事をしている人間が思いつくのは同じである。おれは先週ブックオフに書籍を持っていたので、そのときのことをいった。
「こないだ、子どもとずいぶんもっていて、どうにか八〇〇円になったよ」
「だから、おれはそれぐらい売れるって思うんだよ。まったく」
 旦那の橋本さんが妻の渡辺さんにいった。橋本さんのほうは本を集めて古本屋に売る気があったようだ。奥さんが反対しているのだ。そこで、館野さんは財布からブックオフのカードを差し出して、渡辺さんにあげ、ホームレス生活でもっともこまることは何かを聞いた。
「もちろんお金ですよ」
 おれの答えもいっしょだ。
―テント住まいで、こまることはなにかしら?
「トイレですかね。あと、夏は蚊取り線香代が普通の三倍か四倍かかるの。あっちこっちにつけなくちゃ、凄い蚊だから。それにどこもかしこもぴっしり閉めるから、暑くてどうにもならないわ」
橋本さんが、「ほーんと、だから暑いんだよ」と付け足した。
―必需品って何ですか?
ローソクかしらね。ランプとかは灯油だからあぶないわ。火がついたら、すぐ火事よ」 
―冬の寒さはどうしています?
「布団にはいるからどうにかしのげるわ」
「布団は引越しのバイトのときに一人ものが、シーツでも布団でもおいていくからそれをもらえるんだよ」
 橋本さんが解説を加え、渡辺さんが、館野さんを安心させるようにいった。
「テントを張れるからまだましよね。ないひとは大変。まあ、でも昔の蚊帳をはって冷暖房もなかったころの生活を思い出せば、そんなせっぱつまっているわけでもないわ」
 おれもそうだが、人は自分よりも下流の人間、あるいは自分史の中で今よりももっと悪かった頃を思い出して、目前の苦境を耐える。
―テント生活で、楽しいのは何かしら?
「そうね。二人でいることかしら。話相手がいるから、もしいなかったら携帯ラジオ訊いてひとりで笑うぐらいだもんね。ときどき隣のテントからも笑い声きこえるけど」
渡辺さんに質問をしている館野さんはひとりものなのだ。
この際、ホームレス夫婦として公園で住むのと、マンションやアパートに独居するのと、どちらが幸福なのかを考えてみる価値はある。それはある意味究極の問いだろう。もっともいっしょに家に住んでいても、ほとんど口をきかない夫婦がいるが。
―今後の生活設計はどうかしら
「ここを出て普通の生活をしたいわ。月収五万円じゃとてもアパートなんか借りられない。でも希望だけは捨てないようにしているわ」
 癌に侵されている館野さんは彼女の言葉をどう聞いたのだろうか? 

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さよなら原発1000万人アクション(土曜日2.11 午後)に行ってみます。:ケヤキ並木→渋谷勤福→宮下公園→明治通り→原宿→千駄ヶ谷小学校→明治公園 を歩くようです。これは渋谷ホームレスの活動範囲で、かつてヤクザホームレスから奥さんホームレスの渡辺さんと逃げたコースと同じだ。