動き出そうとするチンピラと原発

館野さんと彼らが会ってから三カ月が経過していた。公園に戻る道中で、渡辺さんは彼女のことを思い出した。
「そういえば、あの人、なんてったかしら」
「ああ、館野さん?」
「Tシャツせっかくもらったけど、やっぱり大きすぎたわ。うちのが着ているわ」
「だから、おまえは太り過ぎなんだよ」
「しょうがないわ、体質なんだから。たいして食べてもいないのに」
 ホームレス夫婦は明日の花火見物の娯楽を思ってか、機嫌よく軽口を叩きながら歩いている。おれも花火見物に家族を連れてこようかなどと思っている。
 おれたちはテントについた。
「じゃあ、ちょっとまってて」

二人はテントに入った。おれは外で待つ。すると先ほどのハーモニカの男が隣のテントから出て来て、すぐそばまでよってきてじろじろとおれの顔を無礼にも確認する。公園の照明の光がテントに遮られ、相手の顔はよく見えない。チンピラの大柄な身体からはなにかよからぬ殺気が漂ってくる。男の手元に視線を伸ばすが、幸い鉄パイプは持っていない。とりあえず安心した。
 男は無言で自分のテントへと一度戻った。橋本さんがテントから出てきた。すると、チンピラが舞い戻ってきた。
「おぅ、今日は二人いるんだな。話しようとずっと待っていたんだよ。三人でね」
 渡辺さんもテントから出てきて、大きな紙コップに入った冷たい牛乳をおれに手渡した。
「あっちいきましょう」
 おれに小声で耳打ちして、すたすた歩いて、原宿門のほうまでゆく。おれもあとを追う。門を超えたところで足を止める。照明に照らされたおばさんは顔が真っ青だ。
「とんでもない男だよ。まったく何するかわからんよ。話なんて、とんでもない。殺されちゃうわ!」



鉄パイプ男の威嚇に酷く怯えている。おれもちょっと怖い。おれたちの前の円形の広場では、三人の若者がスケートボードを乗り回して歓声をあげている。実に平和でのどかな光景である。
おれは喉が渇いているのを思い出し、突っ立ったままなみなみと注がれている牛乳を飲んだ。乾いた喉を潤す。だがほっと一息つくというわけにはいかない。おれたちは薄暗いテントの方角を心配な面持ちでじっと見た。渡辺さんが心配気にいった。
「あの人、大丈夫かな。なにかあったら、警察に電話して、ここは原宿門のB地区のところだから、すぐに来ててって。大げさに言わなきゃこないから、鉄パイプを振りまわしているとか」
 その心配は杞憂だった。橋本さんがたったったと靴音を立てて小走りにやってきた。
「おい、おまえもいれて三人で話そうっていっているよ。こいよ、テントの中だ」
「いやよ、あんなひとと。なんで中にいれたのよ」
「それはこっちの思惑があるんだよ。中に入れてもいいっていう意志表示だよ」
 蝋燭の明かりしかないテントの中は暗いし、その外も闇である。何をやっても誰にも目撃されない。おれは橋本さんに助言した。
「こっちの明るい場所で話したほうがいいですよ。人通りもあるし」
「いえ、人通りがあるっていってもあんまりこっちは見てないですよ」 
 目の前の若者たちはスケートボードに夢中になっている。
 奥さんが懇願する。
「お客さんが来ているから今日は無理っていって。お願い」
「おれは半殺しの目に遭ったっていいんだよ」
「いやよ、わたしはいけないわ」
「じゃあ、明治公園で待っていろよ」
「明治公園って?」
「さっきの公園だよ」
 橋本さんは奥さんに行き方を説明し、「じゃあ、風樹さん、たのみます」といって、またテントへと戻って行く。

 おれとおばさんは二人して牛乳入りの紙コップを持って歩いて行く。原宿の駅前を通り過ぎ、路地にはいる。
「明治公園って知っている? わたし、方向音痴なのよね」
 生憎おれも方向音痴でさっぱりわからない。おばさんのほうは、その上、冷静さを欠いている。「ほんとうにあなたのおかげで助かったわ。救いの神よ。ちょうどいいときに来てくれて」と繰り返して、むやみに歩くばかりである。
 都会のビル街の路地を右に左に曲がり、アフリカや中近東の大使館を通り過ぎ、マンション、お寺、病院、保育園などを見ながら、何だかめちゃくちゃに歩く。その間、飲んでも飲んでもたっぷり注がれた牛乳はまったく減らない。気になっておばさんの持つコップをさりげなくのぞくが、やっぱりなみなみと注がれたままだ。
路地をぐるぐる回って、どこにいるのかさっぱりわからなくなってしまった。何時の間にかバス通りに出た。渡辺さんが通行人に道を聞くと、幸い三〇メートルほど右手先の信号を渡ってまっすぐ行けばいいのだという。
 あとから、分かったが二人は明治通りをまっすぐ北に歩き、千駄ヶ谷小学校の前を右に折れればいいものを、明治通り外苑西通りの間の路地をキツネツキにでも憑かれたたようにぐるぐる回っていたのである。
四〇分近くかかってやっと明治公園に着いた。
公園の舗装された敷地には、明日の花火見物のために数組の若者たちが陣取っていた。ビニールシートがいくつも敷かれ、シートがないところはチョークで区画が区切られていた。おれたちは若者たちの間を縫いながら適当な場所を探し、腰を降ろした。歩きすぎで疲労困憊である。おれは両手を後ろについて足を伸ばし、ここで夜を明かすだろう若者たちを見ていった。
「ここなら、安心ですよ」
 女一人でも大丈夫そうである。
渡辺さんは、「あなたは救いの神だ」と繰り返したが、ひとまず危機が去ったことで、今度は自分の境遇に呪いの言葉を次々と吐き始めた。

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★10年前、ホームレス夫婦とチンピラから逃れた代々木公園、明治公園には、今は「さようなら原発1000万人アクション」のデモ行進。
山本太郎アルジャジーラ大江健三郎や澤地 久枝よりも、若く、俳優なので、人を乗せるのは山本太郎のほうが上だった。海外マスコミは、APとアルジェ―ラがいた。日本は、気づいたのは、赤旗だけ。アルジェーラは若い男女で、走り回りながらよく取材していた。記者の原点みたいのを感じた。彼らとはそのうち長い付き合いになるかもしれない。
★始まったリオのカーニバルの代わりが、原発ストか。ドラムとレコレコでサンバのリズムのデモも散見。
★『愛! フクシマの黙示録 第7話』 日本の一般社会にいるうちに書き終えたい。