ジカ熱か、疥癬か、それともベネズエラ病か(3)

 下水溝から湧き出た汚水が道路を覆い、耐え難い臭いを放っている。路上はごみが散乱している。そして、案の定、薬局の前は価格統制商品を買うための人々の長い行列だ。

 トイレットペーパー、紙おむつ、シャンプー、石鹸、小麦粉など身分証明書の番号によって、購入曜日が決まっている。今日は土曜。僕は日曜日と金曜日がその日である。

 だが僕自身は、暑い日差しの中、早朝から3時間、4時間と並んだことはない。必ずといっていいほど、列のどこかでイライラが募り、怒鳴りあい、殴り合いが始まり、最後は警官の出動となる。人間の尊厳など皆無の、長い長い不幸な苦役だ。

 行列の半分は再販する闇業者、残りは主婦や会社員。ぼくはインフレ、2万パーセントのボリビアにいたころがあるが、こんな行列はなかった。今はキューバだってこれほどではないだろう。
 キューバのような国を作るのが目標だったのだから、今はなきチャベスは、21世紀参加型民主主義社会を見事に達成したことになる。ただし、キューバベネズエラのような、世界一の犯罪王国にはらなかったが。


 統制品ではない薬品を買うためには、正面玄関ではなく、裏口の車両用の購入口に並ぶ必要があるという。
 薬局の建物を回り込み、数台の車と、歩いてきた20人ほどの薬を求める人々の行列についた。屋根のひさしが作る細く狭い日陰に身を寄せた。購入を手伝ってくれるといっていた、先ほどの彼女がやってきて、子連れの褐色の女性と話し出す。5歳ぐらいの子供は、車のいる行列のほうに飛び出して、母親に叱責され、大声で泣き出す。販売口では、汗みどろのランニング姿の中年の体躯のよい男性が怒鳴っている。
 
 ひとりに数分はかかっているので、2時間ぐらいでどうにか番がきそうである。目当ての薬を手に入れていることができるのは、そのうち3人に一人だろうか。

 事情通の彼女は、勝ち誇ったようにいう。
「ほら、この人もジカ熱だけど、熱がなくて体に湿疹ができて痒いだけなんだって。疥癬なのよ」
「そうなのよ。熱もないし、頭も痛くない。でもひどく痒くて、そこが発熱している感じなんだ」
 なにかおかしい。でも自信たっぷりにいうので、ぼくもジカ熱=疥癬なのだと思い始めそうになる。
 だが長い中南米の経験が、人の話は信じるな、とぼくの理性が心に語りかける。ラテン人は不確かな話を自信をもって話す。ほとんどが間違っている。稀代の詐欺師チャベスに騙されて、幻想の王国を作ったのがベネズエラである。

 私は汗だくになりながら、身を引き締めた(続く)。