人も猫も十人十色ニャン 

 よそ目には一列一体、平等無差別、どの猫も自家固有の特色などはないようであるが、猫の社会に這入って見るとなかなか複雑なもので
 目付でも、鼻付でも、毛並でも、足並でも、みんな違う。髭の張り具合から耳の立ち按排(あんばい)、尻尾の垂れ加減に至るまで同じものは一つもない。
 器量、不器量、好き嫌い、粋無粋(すいぶすい)の数を悉(つ)くして千差万別と云っても差支えないくらいである。そのように判然たる区別が
存しているにもかかわらず、人間の眼はただ向上とか何とかいって、空ばかり見ているものだから、吾輩の性質は無論相貌(そうぼう)の末を
識別する事すら到底出来ぬのは気の毒だ。

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 人間は昔から、猫を黒、白、茶トラ、白キジ、白黒ブチ、鼻グロ、チビとか色でしか識別できない。だから名前も黒とか三毛とか白とかまったく安易だ。

 その点、猫は猫のことはわかる。性格も気質もそれぞれ違う。愛想よい猫、気難しい猫、小心者、ほら吹き、ズル、正直猫、大食い、涙もろい猫、エゴイスト、
親切…。とはいえ、猫でさえ、吾輩のように観察眼が鋭くなければ分からないこともある。

 この公園にも、同じ色、同じ大きさの猫がたくさん住んでいる。兄弟姉妹が多いので、みな似ている。そこで頼りになるのは聴覚と嗅覚。人間よりも
猫属のほうがずっと発達している。

 にゃおん、にゃおん、という甘える声も、シャーという怒った声も一オクターブ高かったり、低かったり、猫によって特調がある。なんせ、
我が猫属は隣の家の天井裏で鼠が小声でちゅーちゅー鳴いているのも、100メートルも離れた水たまりに小石がぽちゃんと落ちた音さえも聞き分けることができる。

 臭いにいたっては人間は、いい匂い、悪い臭い、異臭、芳香、香り、など語彙も乏しい。その点、猫属は、アグイ、アンバル、ビョイン、ボンガレ、ウルウル、
リンダン、サンガノ、マカロン、オロオロ、シダロンとか、臭いの種類や度合いを示す言葉は数限りない。

 たとえば、ビョインといえば、痴呆症で下の始末もできなかった、ボケネコの臭いだし、ボンガレは、性格が悪かったり、他猫の餌をくすねたりする、
この公園にも7、8頭いるー吾輩は半グレ集団って名前をつけたー悪くたれ猫の集団が醸す臭い。その中の親分の黒の臭いはオロルンだ。ジャングルの草木の強い臭いがする。
 鼻をつまみたくなるひどい臭いはシダロン、これは不治の病にかかっている猫。
 ほら、吾輩の後にウルウルがやってきた。

「兄貴、今日はどこに餌もらいにいく」
「横町のモンジャ焼き屋どうだ」
「うん、あそこのイカはうまいからニャン」

 黒白兄弟が通り過ぎて行った。まだ若い猫で、兄弟を見分けるのは吾輩にも簡単じゃない。兄弟といっても、猫は双子。同じ遺伝子で、同じものを食べて、
似た生活をしていたら、声も同じ、臭いも同じ。そんな若い双子の出す臭いをウルウルっていう。

 ああ、前のほうからリンダンが。

 吾輩の血液がきゅーっと頭に上り、胸がどきどきして、尻尾がぴゅんと立って来た。リンダンは美女の醸し出すえもいえない香りニャン。