三毛子はこの近辺で有名な美貌家である。吾輩は猫には相違ないが物の情けは一通り心得ている。うちで主人の苦い顔を見たり、
御三の険突(けんつく)を食って気分が勝(すぐ)れん時は必ずこの異性の朋友の許を訪問していろいろな話をする。
すると、いつの間にか心が清々して今までの心配も苦労も何もかも忘れて、生れ変ったような心持になる。
女性の影響というものは実に莫大なものだ。杉垣の隙から、いるかなと思って見渡すと、三毛子は正月だから
首輪の新しいのをして行儀よく縁側に坐っている。その背中の丸さ加減が言うに言われんほど美しい。
曲線の美を尽している。尻尾の曲がり加減、足の折り具合、物憂げに耳をちょいちょい振る景色なども到底形容が出来ん。
ことによく日の当る所に暖かそうに、品よく控えているものだから、身体は静粛端正の態度を有するにも関らず、
天鵞毛(びろうど)を欺く(あざむく)ほどの滑らかな満身の毛は春の光りを反射して風なきにむらむらと微動するごとくに思われる。