今日、ホームレスに戻った、その6

★原宿で遺体を探す
★ブロイラーの呪い
 ブロイラーがいうには、これという理由もなく飼育場の仕事は二年ほどで親方に解雇され、その後土木作業員になり、ここ一年間はその日暮らしを続けているという。彼の次の言葉はおれにもずっしりと堪えたものだ。
「実家? 埼玉で近いんだけど、もう母親も父親もいないからな。おれの他の兄弟はみんな金持ちだよ。でかい家でさ。でもよぅ、他人が入っているから家にはいけないよ。近くてもすごーく遠いのが血縁なんさ。年金? あるけど、このままだと六〇まで生きれるかねぇ」
 このおれも準ホームレス生活をしていると知られてから、親戚とは音信不通だ。年金だって支払ってはいるが、海外に行っていた期間の支払いがうやむやにされてしまっている。どうせもらっても月一〇万にもならないことはわかっている。おれはブロイラーを殺したわけでも、動植物を無闇に殺傷したわけでも、水で薄めた酒を騙して売ったこともない。
 おれは訳も分からずになぜかブロイラーに腹が立ってきた。理不尽な怒りだがしかたがない。怒りとはそういうものである。
 おれは立ち上がって、歩いてゆき、悪意を隠して、愛想笑いを浮かべて、「ああ、ブロイラーのおじさん、景気はどうですか?」と聞いてみた。
 ブロイラーはおれをみると、「ああ、あのときの」といい、「景気は悪いよ。公園の配給は土日は休みだし、お盆で土工の仕事もないよ。少し前まで舗装の仕事やってたけど、アスファルトは凄い照り返しで暑くて耐えられなかったよ」という。
 ちょうど日が沈む頃あいで、曇天の隙間から差し込んでくる淡く陰っていく光の中に浮き上がった彼の顔の肌の色は、以前よりも黒ずんでいる。
「幸い、昨日パンにありつけたよ」
「ああ、渋谷駅の」
 ブロイラーは肯いた。おれに残りのパンを差し出す気はなさそうだ。せめて、役立つ情報ぐらいはもらいたい。一般社会といっしょでホームレス界においても情報は貴重だ。
「雨が降ったときはどうしてますか?」
「ああ、図書館があるよ。軒下で眠るのがいい。でも、雨のときは早くしなきゃ、満員で入れないよ」
 ブロイラーは図書館のあるあたりを指で指し示した。それは以前いったことのある中央図書館のことのようだ。
 ホームレスにも危機管理は大切だった。雨が降った場合の寝床は、渋谷の地下道か図書館の軒下か、二つの選択肢を得たことになる。おれはやや安心し、「じゃあ、また」といって、NHKに向かう途中にある森へと歩みを進めた。

 その森には数人の若者ホームレスがテントを張っていた。健康に気遣うアトピーのホームレスが二、三人いて、おれの友人の在野の健康博士稲村りょう(作品の性格上、敬称略で ごめんね)が、時折、若いホームレスを集めて、健康・料理教室を開いていた。彼は肌に優しい手作りの石鹸を渋谷駅前で 販売していて、おれもいっしょにハチ公のそばでボリビア七福神エケコ人形を売ったことがある。稲村の自作石鹸は本格的で、米糠、尿素、カロチン、ローリエローズマリー、竹炭、オリーブ油などを使っていて、なじみの若い女性客も幾人かいる。だが、あのときは二人ともさっぱり売れなかったが。

 稲村の、「リストラ時代を生き抜くには、食費を押さえることが重要な武器です。月一万円そこそこでおいしくて体にいいものを作れるんですよ。ご飯は、玄米、豆、大豆、干し麦、アマランサスなど、味噌汁は、コンブ、煮干をだしにして、なべは加熱の途中で毛布でくるむ。すると燃料費も安いし、しかも味がおいしいときているわけです」、という言葉とともに稲村流の炊き込みご飯の味が舌先に蘇ってきた。たしかにあれはおいしかった。おれはお盆休みで、稲村が料理教室を開いているかもしれないと期待したのだ。

 舌舐めずりをしながら森の中へはいってみるが、セミの声がするだけで青テントのあたりに人影は見当たらない。渋谷駅の周辺か原宿から渋谷に至る通りで、太鼓を叩いているのかもしれない。あるいは若いのでホームレスお盆休みをとって実家へ帰っているのかもしれない。
 おれは森の中のベンチに腰を下ろした。せみが狂ったように鳴いていた。みんみんみんととまことに賑やかである。
アトピー、肥満、成人病にしろ、業界がお金もうけのためにわざと悪化させているようなものです。予防策はくいらでもあります。わたしにまかせてくれたら、三〇兆円の医療費を半減できます」
 座っているうちに稲村先生の偉そうな言葉を思い出した。このおれだって豪語できる。「以前のように首相向けの政策提言を作らせてもらえば、おれがこの国を改革し、貧乏風を吹き飛ばすことができる。方策はいくらでもある」と。
「ばかくさ。そんなこといってないで、お金儲けてきてよ。月謝どうするのよ」
 突然、聞き馴染んだ妻の小言が耳元に響いてきた。彼女は遠くに居てもおれにテレパシーで小言を送ってくることができるのかもしれない。
 ちぇ、現実は厳しい。しょせんは犬の遠吠え、ホームレスたちの声などに誰も耳を傾けるわけがない。 
 ちょうど、日が完全に落ちて、セミの声も急に泣きやんだのを潮時に、おれは若者ホームレスと稲村が来るのはあきらめて、こちらから渋谷へと出向くことにした。もし売れていたらビールぐらい奢ってくれるかもしれない。続く

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★今、「アマゾンのピカレスク」という原稿を書いている。25年ぶりで昔住んでいた小村を訪れたが、知人の村人はほとんどが村を離れていた。駆け落ちしたり、麻薬の売人になって刑務所に入っていたり。3、4人だけ知り合いに会って、供応してもらった。みな口をそろえて「なぜ、あなただけ、お土産(思い出)を残していかなかったの」と怒られた。おれとつるんでいた都市のボリビア人やフィリピン人や二世はみな子供を残していたのだ。アマゾンに限らず、とりわけ最近までいたベネズエラなどとくに3-5回の離婚が普通。子供は叔父や叔母や祖父母の家で育つほうが多いからね。子供はみんなで育てるので、日本のように子供への虐待はないよね。
★東電がいまだそのままの形で存続しているのって、信じられないね。除染はなぜ東電がやらないのだろうか?ほんと厚顔無恥の狂った企業だ。それを許している政府やおれたち国民もおかしいのだけど「愛! フクシマの黙示録」第6話まで販売されています。携帯パピレスや携帯のベストヒットブックスで、少しは人気があるようです。