今日、ホームレスに戻った その5

★原宿に遺体を探す

★ブロイラーの呪い

 代々木公園まで歩いていた。
 この公園の変遷は時代をまさに象徴している。最初は元大日本帝国陸軍の代々木練兵場。その後占領アメリカ軍施設をへて、東京オリンピックで代々木選手村として使用され、一九六七(昭和四二年)に代々木公園として開園している。

 博物館、美術館、動物園などが密集する上野公園と違い、空いている敷地が多く、おれのような臨時ホームレスにも、厳重な装備を必要としない暑い夏ならば、眠る場所を探すのに苦労しない。
 着いたのは夕刻で、中央の噴水の横の森で、おにぎりの配給の最中だった。多分、渋谷を仕切っているホームレス支援団体「のじれん」(渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合)あたりがやっているのだろう。
 ここのスタッフで、ホームレスみたいなものだった湯浅誠は、その後のし上がり、今は内閣府参与となっている。まさにホームレススター。いまだ臨時ホームレスになるしかないおれは、石川啄木のようにじっと手を見る毎日が続いている。
 
 さて、代々木のおにぎりの配給はケチくさく、くじ引きだった。はずれるともらえない。「やった、あたった」とか「ちぇ、はずれ」とかおにぎり一個のために、大の大人が小踊りしたり、青い顔をしたりしている。
 おれは渋谷駅で立ち食いそばを食べていたが、ずいぶん歩いたせいかもう腹が減ってきた。だが配給はもう締め切りのようだ。腹が減っただけでなく、足も疲れた。
 歩いているうちに、少し雲の切れ目ができ、アスファルトからふつふつと熱気が上がってきて、Tシャツには汗がしみついていた。噴水のところまでゆき、噴水を囲むコンクリートの縁に腰をおろして一息ついた。
 すると、背後から妙な会話が聞こえてくる。姿を見なくても彼らの口から出てくる業界用語でおれはホームレスであるとすぐに分かった。「ハレルヤ」だとか、「アイゼン」だとか、「エルサレム」だとか、ホームレスと一部の信者にしか分からない炊出し専門用語で、それら三つの固有名詞は教会を差し示している。そして、彼らは各教会のおにぎり、うどん、カレーなどの量と味を格付けしているのだった。
「あんな遠くまで歩くなら一杯じゃつまらないな。近所の店で出るマックのほうがいいよ」

 その言葉に振り返ってみると、ちょうど一人の老人が「ほら、これだよ」といってバックから紙に包んだ食パン二切れを相棒に渡した。もらったほうは礼を言ってベンチに行きごろりと横になった。
 気前のよいほうは、よくみると、ブロイラーではないか。おれはこの頃には、上野ばかりではなく、渋谷、山谷、荒川河川敷、名古屋や大阪にまで足を伸ばして数々のホームレス知人を持っていた。
 ブロイラーは、顔の皺といい弛んだ身体の様子といい六〇代後半と思っていたが、聞くとまだ五四歳なのだという。なぜ、ブロイラーなどと呼んでいるかというと、彼はブロイラーの怨念のせいでホームレスに陥ったからである。
 読者は何のことか分からないだろう。ブロイラーの転落人生を短く紹介すると、こんなふうだ。
 彼は埼玉のほうで船舶用のヒーターを作る会社に二〇年も勤務していた。ところが同じ業界の義理の兄の会社にヘッドハンティグされて転職するとバブル崩壊もあり業績が低迷。給与が毎月下がり、最後は月給一四万円。自ら辞めた。そして次に行った先が、茨城の霞ヶ浦近辺にあるブロイラーの飼育場。彼はおれにこう語っていた。
「この仕事は手取り二五万ももらえてよかったよ。飼育場は五棟あって全部で四万五千羽出荷するんだよ。二ヶ月半で成長するからね。年四回出荷するのさ。でも一棟に一万二〇〇〇匹入れて、九〇〇〇匹出荷できればいいほうなんだ。あと、三〇〇〇匹はどうするって?」
 ブロイラーは悪魔のようなひきつった笑いをしわくちゃの顔に浮かべていったもんだ。
「痩せ過ぎと太り過ぎは殺したんだな。栄養失調のは細いから足が速くてね。追いかけて、火にあぶったり、土に埋めたり、ひどいことをしたものさ。一日三〇羽は殺していたな。その恨みか、因果がたたってこんな風になっちまった」

 怖い話だ。動物も野采も日本では規格外は葬り去られる。人間だってある意味そうなっているのだから、枠からはみ出した不良品は、企業や学校や家庭から弾き出されて、公園や路上やネットカフェで過ごすか、犯罪を犯して刑務所に入るか、自ら命を絶つしかない。世の中というフィールドから退早々場を求められていることは、このおれもそうだが自分自身がひしひしと感じるものである(続く)。

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★TPPの議論がやかましいけど、もう30年も前から、すでに日本が主導でアジア共同圏を作ろうという構想はあった。それを相手の作った土壌で今頃になって参加するとは、遅すぎる。愚かな外交能力なしの政府が続くとこういうことになる。一部の人間には、いいかもしれないが、多くの日本人にはろくなものとならないだろう。

★写真と内容がまったく別なので、驚いた読者もいらっしゃるでしょう。ベネズエラ人がミスワールドに選ばれたので、現地で美人養成学校などを取材したときの写真を掲載しました。ホームレスとの対比が大きいですね。ベネズエラ女性はこれまで10数人がミスユニバース、ミスワールドなどには選ばれていますが、3人を除いて全員整形美女です。この写真の中の一人は、カラカス地区のスクレ市のミス。プロのモデルです。そのうち、「顔面蒼白漂流記」(冒険の作法)が書籍化されたなら「ミスユニバースの秘密」として扱います。お楽しみに。