今日、ホームレスに戻った その10

★原宿で遺体を探す
2.公園で契りを結ぶ
★夫婦ホームレスの善し悪しー元NTTのホームレス

 最初に橋本さんと出会ったのは、五月の連休だったのではなかろうか。
 あの日も暑かった。ゴールデンウィークなのに金もなく遠出ができないおれは長男といっしょにおれたちの間で「どこまでもどこまでも」といっている自転車旅行で荒川河川敷を海までいって、ファミレスでランチを食べた。帰りに財布を落として妻に大目玉をくらった。家にいるのも気づまりで外に出て公園回りをしていたときに、代々木に洗濯機まで置いてあるずいぶんと大きなテントがあったので、近づいてみたのである。
 そのとき、橋本さんはブルーシートのテントから半分からはみ出した洗濯機の横でのんびりと公園を見やっていた。芝生の上ではフリスビーをやっている若者やゴムボールで野球をやっている親子が歓声を上げていた。
「ずいぶん、大きい家ですね。長いんですか?」とおれは話かけてみた。
「二年になります」

 聞くとホームレスの前は新聞店に二〇年もいたのだという。おれは新聞の勧誘員が意外なほど身入りがいいのを知っている。もう三〇年以上も前に、ある新聞社の勧誘員が女性を強姦した事件を傍聴したことがあるが、そのとき勧誘員の月収が六〇万円にもなるのを聞いて、裁判長さえ「えぇ、そんなにあるんですか」と驚きの声をあげていたものだ。
 中年過ぎの細面のおじさんはおれに同意する。
「えぇ、悪くないですよ。配達と集金のほか、セールスもやっていましたから、月五〇万にはなりましたよ。その店が廃業したんですよ。子の代になって他の業者に譲ったわけです。すると新しい業者は彼の子飼いの社員をつれてくるわけで、わたしは押し出されたわけです」
 合併あるいは天下りがきたときなどに企業ではよくある話で、古参の社員が冷や飯を食ってしまったり、運が悪いとリストラされたりする。よくよく聞くと、もとは大企業のサラリーマンである。
「文京高校を卒業して電電公社に入ったんです。総務でした。総務というのは、酒ばかり、つまり官官接待ですね。まあときには業者も。それで酒づけで。そのうち健康を害したんです。結核になって、横浜のほうで療養しましてね。給与は出たていたんだけど、病気になってから一年ぐらいでやめましたよ。ちょうど民営化されるという話しがでていた頃でしたし」
 おじさんは六〇歳だという。電電公社の民営化は八五年なので、新聞店に二〇年いたとすると、一九六〇年頃から八二年頃まで勤めていたことになる。ならば年金だったもらえそうである。
「新聞店に年金の制度ができたのは、リストラされる少し前でしたから、資格を持つ二五年には一年足りないです。社会保険庁の役人が『いやーもったいない、どうにかつづけなさいよ』っていうんだけど、もう六〇だから定職はなかなかねぇ」
 橋本さんはスポーツ新聞の求人欄を見て本の仕分けのバイトで生計を立てている。日給六〇〇〇円から七〇〇〇円。今はゴールデンウィークで仕事休み。他に週末に引っ越しのアルバイトが時々入るという。
 日雇いや自由業は有給休暇がないのが辛い。だからおれも何かあるのではないかという期待もあって代々木公園に来ている。以前、代々木公園ではアマゾンの鉄道建設の仕事から帰国したおりに、民芸品やエケコ人形フリーマーケットに出店して一五〇〇円ぐらい稼いだ覚えがある。
「古本とか売れないですか」
 実は自分の本が家に何十冊と余っている。大阪で講演をしたときに太っちょの編集者の「講演すれば風樹さんなら、売れますよ。著者割で買えばいいですよ。何冊かいってくれれば講演会場に送りますから」という言葉におだてられて、自著をずいぶん購入した。ところが講演日に大雨になったこともあり、売れたのはたった二冊。お金をかけてまた自宅に送り返すはめになった。
 橋本さんは古本販売には否定的だった。
「あれは古くからいる人がやっているから。ときどきここでフリーマーケットがあるんだけど、新しい人がやると怒られますよ」
「アルミ缶はどうですか?」
「やっぱり、新顔がいってもね。縄張りみたいのがあって、いい顔されません。それにアルミ缶を外に置いておくとホームレスに盗まれたりしますから。ここを仕切っている『のじれん』にも上納しなきゃいけないし。一二人ぐらい配下がいて、ホームレスが夕方にアルミ缶をもっていきますよ。一日三〇〇〇個前後だろうから、三〇〇〇円。一日四万近くですか。その一部をもらっているんですね。だから定期的に収入があるわけですよ。少しでしょうけど、暮らすにこまらないんじゃないですか。ほらあの若いのが仕切っているんです。『のじれん』で。ひげもじゃで怖い顔しているけど、あれでも優しいところあるんですよ」
 三〇メートルほど先のところにテントの前に四〇代ぐらいのひげもじゃ、長髪の男が両手を広げて背伸びをしていた。
 人の悪口をいわないおじさんは、おれが会ったホームレスの中でも、もっとも穏やかな性格の人で、ホームレス生活に充足しているか、人生を諦観しているかのように思われる。あるいは過去の栄華を思い出すことで、生きる糧にしているのかもしれない。最終的に人生の+−を積算すれば、ほとんどの人間はゼロになるという考えかたもある。一般社会にいたときには家庭も恵まれていたのではないかと推測される。
「子供は四人いるんですよ。みんな女で嫁いでますから、まあ気楽といえば気楽です。離婚? ええ、してますよ。離婚はまあいろいろありましてね。ああ、気になりますか?」
 おれは洗濯機とテントの隙間から垣間見えるテントの中をちらちらと覗いていた。橋本さんは、テントを結んでいる紐を解いて中を見せてくれた。ー続くー

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★八つ場ダム
 八つ場ダムがあるのは、川原湯温泉である。20代のときから何度となく訪れてきた。紅葉の渓谷は美しい。山の上には露天風呂があり、ムササビが飛ぶのを一度だけ見たことがある。真冬の時期には伝統の裸お湯かけ祭りもあった。村経営の温泉もふたつあった。最近は山木館に泊まっていた。ここはまだ経営しているようだ。
 もともと必要もないダムを建設のためにだけ作るという意図だったのだろう。水の需要予測や治水の効果など、ぼくもこのようなレポートの経験があるので、なんとでも書くことができるのを知っている。工事が始まってしまっているので、もうとめられない。住民の多くもすでに移転してしまっている。新しい駅もできることになる。いずれにしろ住民不在だ。

★クリスマス
 写真はベネズエラ、マラカイボ湖の町のクリスマスの女神チンキラ像。 
 ベネズエラの暑いクリスマスが思い出される。一昨年はマラカイボ湖で過ごした。町を案内してくれた友人の女性は、その2カ月後に、ベネズエラの常として、交通事故で死去した。死因の1位は交通事故、2位が殺人。30年前は南米でもっとも安全な国だったのに。逆に今はコロンビアがもっとも安全な国のひとつ。大統領により、国はこうも変わるという例。さて、日本は?