お騒がせココ・バレンティン逮捕とその文化的背景ー夫婦のラインによる会話内容は?−

 ちょうど、新潮45向けの原稿「ココ・バレンティンキュラソー探訪記」がほぼ脱稿したときに、ココ・バレンティンが妻に対するDV容疑で、マイアミで逮捕というニュースが入ってきた。おかげで原稿の一部を変更せざるをえなくなった。

 犬も食わないといわれる夫婦喧嘩の末であり、両者は離婚調停中だったようだ。

 思い出すのは、昨年11月18日、キュラソーのVenetoカジノでのバレンティンの記者会見。取材する側は、現地のマスコミ数社、TBSの特番撮影班、サンケイスポーツ特派員、フリーの野球記者、ヤクルトファンの日本人夫婦。

 バレンティン側は、彼の個人史のフリーペーパーLoftier Living MagazineのCOCO EDITIONを作ったFrancisca、おれの知らない取り巻き、楽天優勝の立て役者アンドリュ―・ジョーンズ、そして多分、バレンティンと仲睦ましくしている女性―おれは、この黒い肌の女性がてっきり妻と思っていた。

 会見はほぼパピアメント語で行われ、また私のバレンティンへの長い質問はスペイン語で行われたので、日本のマスコミ関係者はその場では、まったく何も分からなかったはずだ。バレンティンは、私の以下の質問にもまあまあ如才なく答えた。



・16歳で契約したとき、君はなんといったか覚えているかい?
アメリカ、ベネズエラ、日本で野球に違いはあるかい?
・6つのチームを渡り歩いているけど、ヤクルトはどこか違うところがあるかい?
・文化的な側面だけど、人とか食事とか、日本のどこに一番驚いた?
・コーチがみんな首になったけど、どうだい、その影響は?

 会見が終わったあとで、おれは仲むつまじくしている女性とも何か話したが、そのとき彼女と英語で話したか、スペイン語で話したかは覚えていない。

 記者会見のあとで、その夜はたまたま、バレンティンの幼馴染で、レストラン経営者のの Andre Rooiと知り合った。

「やつの奥さんがいたけど、何人だい」
アメリカ人だろう。ココとは子供のころからあっちこっちでよくつるんでいたもんだよ。彼は寡黙で内気な性格だけど―」
 日本ではマスコミがカリブの陽気な、という枕詞をつけるが、それは単なる先入観でしかない。日本でココは時々その期待に添うように無理しているに違いない。
 アンドレは付け加えた。
「でも、ココは女には目がないよ」
「英雄になるとかわいそうだな、むちゃできなくなるからね」
 男が女に目がないのは、本来普通のことである。中南米ではそれが男らしさと認められる。

「そうだ、水曜日にFacad(若者の集まるディスコ)で夜の0時から野球選手が集まるパーティがあるよ。ココも来るし、いくかい」
「ああ、でもどうせ女の子たちは野球選手目当てだし、君は同じ島だから奥さんがうるさいだろう」
「いや、今おれは自由だよ。離婚しているんだ」

 中南米全体がそうだが、とりわけベネズエラを含めたカリブ海地域は、離婚、再婚を数度繰り返すのが普通である。友人、知人の何人かは5、、6度結婚し、別々の妻の子供が10人ぐらいいる。以前、ホンジュラスで取材した宗教リーダーもその口だった。人類学でいう母系あるいは双系の家族形態なのだ。まあ、光源氏の頃の通い婚に近いといってもいいだろう。だから、ココもそうだが、母子家庭はまったく珍しくない。

 それはある面、悪いことではない。日本は、勇気のある女好きが減った結果が、少子化のていたらくである(もちろん、非正規雇用による貧困化が大きな原因なのだが)。

 でも彼らは女好きなだけではない。アンドレはこういう。

「あと、おれたちは、おれたちの町の子供たちが悪い道に入らないように、ココとあれこれプロジェクトを考えているんだよ」

 子供の頃に所属した地元のアストロ球団とのイベントが12月1日にあり、ココは野球道具をプレゼントする予定になっていた。そのために、彼はMVPのレセプションのため日本に戻り、また故郷のキュラソーにとんぼ返りする。

 翌日、おれは、郷土史家とともに突然、ココの家を訪れた。近所の人の多くは、どこに家があるか知らず、20分ほどココ通りをいったりきたりして見つけた。おれはココがどんなところで育ったのかを知りたかった。

 彼は家の前で車の中の誰かと話しをしていた。

 その車が発進したあとで、ココはおれたちを見た。昨日の記者会見のときの如才ないココとは違い、明らかに迷惑がっていた。

「今のオフは、寝て食べて、友人とだべっているだけだよ」
 と昨日いっていたが、凱旋パレードと記者会見などで多忙でそんな時間を持てなかったに違いない。その日は友人とだけで過ごしたかったであろう。
 パピアメン語で彼はおれたち、とりわけ郷土史家に何やら文句をいい、そして郷土史家はココを怒鳴りつけた。ココはふてくされた様子で、すごすごと家の中へ入って行った。
 
 おれは家の写真をとり、庭にいた、彼の近所の友人たちと少し話をして、その家を去った。

 その後、おれは奴隷解放の英雄のモニュメント、逃亡奴隷の村、第二次大戦時のとんでもない秘話が残るドイツ人将校の墓を訪れた。途中、郷土史家とおれたちはこんな話しをした。

「このココの住む付近はどんな階級の人?」
中流の下かな。家はほら、みな似ているだろう。オランダ政府が提供した家だよ。彼が生まれた時、母親はお金がなかったんだ」

 ココは13歳から学校の授業の合間に近所のスーパーで、顧客に商品移動の手助け転がしのバイトをしている。15歳のときには母親がオランダで割の良い仕事を見つけたので、キュラソーをあとにする。
 その間、ココの食事など姉が面倒をみていた。また、前述の料理好きのアンドレが食事を作ったりしていたのである。

 そしてココは16歳のとき、ベネズエラの教育リーグ、マリナーズ傘下のAguirreでプロとしての途を歩み始める。彼は契約時に「全力でやるか、あるいはゼロか、野球に妥協はない」と言っていた。


 ところで、今の騒動で、彼の法律上の妻のKarlaを初めて知った。マイアミ住まいのベネズエラ人のようだ。6年前に結婚したというのだから、ベネズエラCardenales de Laraでプレイしていた頃からの付き合いだろう。まあ、下積み時代からの糟糠の妻といえるのかもしれない。

 今日発売の文春に乗ったラインの証拠(文春には嫌がらせとか脅迫と出ているが、双方同じような下品な言葉を使っている)はこんな趣旨だ。まあ、犬も食わないいい合いだ。

−日本の女が好きなんだ
―そうなの、あんたの女なの。なら、彼女といっしょにいれば
―そうさ、しっておけよ。もうさよなら
―ふん、あんたなんか、ゴミよ、私の娘はあんたのそばにいたかったけど、ほったらかしにして、あんたが娘にやってくれたひどい人生のつけを、十分請求するから、見てらっしゃい
―娘なんかおまえのケツの穴につっこんでおけ、バイバイ

 バレンティンとの結婚は難しいだろうとおれは想像する。妻のKarlaはおれと同じくパピアメン語−ポルトガル語スペイン語オランダ語、英語、アフリカの言語が混ざったーは理解できないだろう。キュラソー出の母親や姉、濃密な家族関係、そして友人との関係などに、なかなか立ち入る余地はないに違いない。

 しかもココは、東京都知事に立候補中の舛添要一氏も真っ青なぐらいの、カリブの普通で女好きなのである。。彼は日本に単身赴任で、もちろん日本人の愛人もいる。それらが離婚調停へと繋がり、妻が会うことを拒否したことから、今回の騒動となった。

 ココは、弁護士に「妻子といっしょに東京に」などと言っているようだが、それは多分、一時の言い逃れであろう。

 妻のKarlaは「野球選手と人間性はまったく別の話しで、野球選手として活躍を続けてもらいたい」という趣旨の話しをしている。一方、彼女はベネズラの女性なのだから、普通、慰謝料などには、計算高く考えているに違いない。

 ココは、アンドリュー・ジョーンズに長く憧れていた。そのジョーンズも日本に来る前に夫婦喧嘩の末の暴行事件で一時逮捕されている。アメリカの場合、暴行がどの程度をいうのか、あるいはその予防のためなのか、そのへんは不明だが、逮捕まで見習うとは!

 そして、逮捕の事実が大々的に報道されるのだから、29歳の準備不足の青年が突然、英雄などには、なるものではない。
 日本帰国後は、いくつかのマスコミの集中攻撃を受けることになるだろう。

 でも、30年以上も前から決意したヤクルトファン(負け続けで最下位でも応援するという心意気の意味)の私は、できるだけ、野球に集中させてやりたいものだ。 

 日本人もただの野球選手と考え、品行方正な聖人君子を求めるのはお門違いだろう。

 なお、水曜日の夜、ココはディスコには現れなかった。

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