ルーブル美術館と食とテロリスト(3)


 6時間近く歩いてくたくたになった僕は早々、美術館を出て、行きつけのカフェでワインに生ガキで舌鼓をと思っていたが、左右の煌びやかなショーウィンドーの城壁に囲まれた長い長い迷路にとりこまれてしまった。人呼んでCARROUSEL DU LOUVRE カルーゼルデュルーブル

 PRINTEMPS、DOUGLA、FRAGONARD、AGATH、SWATCH、FOSSIL、APPLE、KUSUMI TEEなどのどこかで聞いたブランド店の数々と、STARBUCKS COFFEE、そしてイタリアン、フレンチ、モロッコ料理などのファーストフード店が連なっている。ホームレスをやっていたときならば、商店の輝きに胸をときめかせ、食い物の
においだけで生唾を飲み込んでいたかもしれない。だが今は違う。商品に興味はないし、人垣ができているレストランの食品は一見して無味乾燥で不味いに違いないと判断する余裕がある。ともかく場違いな場所から出るに限る。


 ところが、迷路である。ぐるぐる回りして3度もピラミッドの真似事みたいな建物の場所に戻ってしまった。カフカ作のいつになってもたどり着けない「城」か、ホームレスの夥しいテントに囲まれていたころの大阪城のようだ。

 頭が痛くなってくる。もうくたくたで休みたい。脳裏に、脅迫めいた言葉が響く。
「買え! 買え! 買え!」「食え! 食え! 食え!」「金を落とせ!」

「なにも買わない人は早く出て行って」と何のてらいもなく大声でほざいていた日本の東照宮のようでもある。だが、ここはパリ、もっと洗練されている。言葉などいらない。商業主義の権化の観光客封印工法により建築されているので、簡単に外に出ることができない。
 気の緩んでいる観光客は、空腹に我慢できずにレストランに入り、ついでにブランド品のひとつでも買っていくか、となってしまう。

 意地でもそんな落とし穴に入るものかと、思わず拳を振り上げると、女性の私服警官に呼び止められてしまった。リックサックの中身を見せろというのだ。
 ぼくは、日本政府が秘密裏に作ろうとしているスパイ組織に入り幹部に上り詰めようと思っているのだが、元海上自衛官の編集者によると、私服に呼び止められるような人は、スパイには不向きだと諭されてしまっている。ぼくは日本でも3か月に1度は街路で私服に誰何されてしまう。

 金髪のおねえちゃんの私服に、なぜか「すみません」とスペイン語なまりのフランス語で謝ってカメラと地図しか入っていないリックの中身を見せ、出口への道順を丹念に聞いて、やっと小雨の降る下界へと戻ることができた。
 CARROUSELとは、回転木馬を意味していると、今になって知った(続く)。