トランプに故チャべスの亡霊を見るーアメリカ大胆予測ー

 不満渦巻く社会に突如現れる天才パフォーマー。選挙の合い言葉は、過去を取り戻す!人類が何度も見てきた光景のひとつだ。それは歴史の仇花なのか? トランプ主義とアメリカの行く末を占ってみた。

 トランプが地滑り的勝利をする。私はそう確信した(後出しじゃんけんと思われると嫌なので、筆者のFacebookを見ていただきたい)。むしろ私と同じような複雑な気持ちを抱いていたのは、独裁者を抱いた経験のある途上国の人々であろう。とりわけ故チャべス大統領を抱いていたベネズエラの友人の半数は、私と同様にトランプが勝つと予測していた。

 なぜか? 16回の選挙のうち1度しか負けなかったチャべスとトランプは瓜二つだからである。
 チャべスは独立の英雄ボリバル主義の復権を唱え、自らをその再来と自認した。そして汚い言葉で叫んだ。「ブルジョアジーを叩きだせ!」「大統領官邸の腐敗分子も叩き出せ!」「革命あらずんば死だ!」「ヤンキーのくそ野郎!」「ブッシュは悪魔だ!」。チャべス信者たちは恍惚とした表情で彼の言葉を聞き、オウム返しに同じ言葉を叫んだ。

 敵が誰かを明示し、心の底に眠る憎悪の炎を滾らせる。教祖は歌い、踊り、きわどい冗談をいい、同じ言葉を何度も繰り返す。それは嘘でも本当になる。ツィッターも使う。視聴率競争のテレビは、宣伝費無料でその様子を流す。チャべスは、大統領であり、俳優であり、コメディアンであり、歌手であり、野球選手でもあった。政策などどうでもいい。スターなのだから。痛快だ! 溜飲が下がる。これぞ、おらが大統領! コアの信者の周りには、それに共感する人々が何倍もいる。

 さて、トランプとその信者は? 「クリントンを牢屋にぶちこめ!」「ワシントンのヘドロをかき出せ!」「イスラム教徒を入れるな!」「メキシコ人は強姦魔だ!」「国境に壁をつくれ!」「マスコミを叩き出せ!」
 集会に集まる男女が恍惚と顔を火照らせているのを見て、私は既視感を覚えたのである。しかもチャべス派もトランプ派も同じ赤い帽子をかぶっている。共和党の赤とチャべス派の赤は目立ち、攻撃的である。サッカーの試合で同等の力のチームが対決したした場合、赤のほうが勝つという研究さえある。

 実は、トランプは以前民主党側でカーター財団に寄付をしている。そのカーターはチャべスが存命の頃、ベネズエラの選挙に監視団として訪問し、「選挙に不正はない!」と大見えを切ったものだ。さらに、トランプはミス・ユニバース協会を通して、ベネズエラの財閥と懇意にしていたのだから、裏庭のカリブ海の国の天才パフォーマーの選挙必勝法を学んでいても不思議ではない。
 
 では、チャべスに14年も率いられたベネズエラはその後一体どうなったのだろうか? 奈落の底に落ちた。社会は一層分断され、犯罪は猖獗を極め、経済は破壊され、マスメディアは殺され、インフラはずたずたになり、国民は飢えている。偉大さを取り戻すどころか、取り返しがつかなくなってしまった。

 もちろんアメリカとベネズエラは違う。規模も国の成り立ちも全く別である。北アメリカには何かを作り上げるために人々が移民したが、中南米、とりわけベネズエラは、大地を収奪するのが目的だった。その代わり、米国と違い人種間の垣根は低く、肌の色による葛藤はほとんどない。

 また、チャべスには原油という打出の小槌があった。政権についた99年はバレル16ドル以下だったのに、2012年には100ドルを越えた。だがトランプには原油に当たるものがない。偉大なアメリカを取り戻すには資金がいる。徴税、関税、米国債により生みだすしかない。

では、トランプ主義はどうなるのか? 当たるも八卦当たらぬも八卦で今後のトランプの政策、アメリカの変貌、日本のすべき対応などについて、何点か大胆予測してみた。
 
1. メキシコ国境に壁や塀を作る
 最も現実的な政策のひとつである。しかも目に見える。メキシコに直接支払わせるのは難しいので、可能なら借款とし、無理ならばアメリカの予算で補う。労働者の半数以上はメキシコ人か、不法滞在のメキシコ人とし、勤務成績のいいものには市民権を与える。TPPと同様にトランプは言ったことは実行するのだと、コアな信者に見せ、反対派には恐怖を植え付ける。新たなニューディールとなる。

2. イスラム教徒入国禁止
 目玉政策のひとつだが、実行できない。イスラム教国の怒りに油を注ぎ、アメリカへのテロの危険が増す。1924年の排日移民法は日本人の反米感情に火をつけ、太平洋戦争の遠因となっている。しかもトランプ財団はイスラム教国と様々なビジネスを実施している。無言で葬り去る。

3.TPP
 アメリカ抜きで無理やり設立する。世界はアメリカのために存在しているわけではないことを示す必要がある。すなわち、現在日本での牛肉輸入関税率は38.5%、TPP発効時に27・5%に引き下げられ、16年目に9%になる。豚肉も同様に参加国に有利になる。2国間自由貿易協定を作るにもそれには時間がかかるのだ。「日本、アジアの市場をオージービーフに席巻されてもいいのか!」。「メキシコポーク、カナダポークに席巻されるぞ!」。米国内の反トランプのマスコミが黙っていまい。しかも、アメリカ抜きなので、日本国内産業への悪影響も緩和される。

4.NAFTA北米自由貿易協定
 TPPよりもすでに存在するNAFTAのほうが日本企業への影響が大きい。メキシコには自動車産業を中心にアメリカ向け輸出を目的とし1000もの日系企業が進出している。もちろん、アメリカ企業のほうが遥かに数は多い。メキシコからのアメリカへの自動車輸出割合はGM 、フォード、FCAなどで50%以上を占める。脱退するというのは交渉戦術であり、トランプはアメリカに有利なように条項を変えようとしている。ただし、メキシコペソが急落しているので、もし輸入関税を課されたとしても、影響はある程度相殺される。

5.シリア内戦
 解決する。ロシアと協調する。シリアのアサド大統領はトランプ時期大統領やトルコのエルドアン大統領と比べても独裁者のイメージからは遠い。ロンドンに留学していた医者なのだ。開放政策をとったところを周辺国に足元をすくわれた。国民の支持は高いのだから、彼を大統領にしたまま、穏健派に少数の議席を与える。地中海の石油など一部の利権でロシアとネゴする。日本も戦後の復興に協力できる。

6.安全保障・駐留軍
 てっきり米国のプレゼンスを減らすのかと思っていた。すなわち、軍事予算を半減し、余ったお金を打出の小槌と使う。産軍複合体への挑戦に見えるが、実は軍事産業は活況に沸く。各国が自主防衛せざるを得ないから米国の武器を購入する。ただし、解雇された軍人を他産業に移動させる難しい仕事が生じる。
 ところがだ! トランプ時期大統領の主張は、軍事予算を同盟国に肩代わりさせるという虫の良いものだった。陸軍の人員を7万人も増加し、兵器を真新しくするといっている。兵器や増員者はどこに送り、何に使うのだろうか? 軍人は失業対策、兵器は景気対策の大きな柱であることを忘れてはならない。その観点から日本はアメリカに最も都合のよい国である。日本はこれ以上の支出を飲む必要はない。米軍が日本から去ると、その予算の処置に困るのは米国であって、日本ではない。

7.外交
 親日、親ロシア政策をとるので、大よそ日本にとっては都合がよく、中国には居心地が悪い。「日本を取り戻す」安倍首相と「偉大なアメリカを取り戻す」トランプ時期大統領は、まさに馬が合う。ロシアに地理的に近い欧州のNATO北大西洋条約機構)各国とはぎくしゃくする。しかもドイツのメルケル首相はオバマ大統領と信条が似ている。トランプ時期大統領にはヒトラーの影を見ているので、内心穏やかではない。一方、各国との通商交渉は一筋縄ではいかない。1989年以降の日米構造協議を思い出す。けれども今の時代はジャパンバッシンではなく、チャイナバッシングが中心となろう。

8.政権人事
 気に食わなければ、「おまえは首だ!」。あるいは「期待と違った」と辞任する閣僚も相次ぎ、人事は不安定になる。日本も舌禍事件で度々大臣が変わったこともあるから、非難はできないが。

9.分断されたアメリカは続く
 トランプ大統領アメリカ全体のための大統領ではない。アメリカの分断はますます進み、自分にとって異質な人間への憎悪も深まる。白人至上主義は、歴史の退行運動だろう。大統領声明の都度、デモが起こる。実際に知識階層を中心にカナダへ移民する人も出て来る。デモでは、中南米の習慣でもある道路封鎖が実施されるようになり、経済に少なからず影響する。

10.テロと暗殺
 チャべス元大統領がそうであったように在任期間中、暗殺に怯える日々を過ごす。アメリカ市場を失うかもしれないラテン系麻薬カルテルイスラム過激派が共闘する。2年後、3年後には、彼らによるテロが起こる。

11.結局アメリカはどうなる
 新たな政策を行えば、別な部分に血液が流れるので、一時は景気も良くなるし、インフラも改善される。たとえば、ヒトラーは廃墟の中にアウトバーンを残し、実業界から首相に上りつめた田中角栄は、新潟県に新幹線と高速道路を残した。
 けれども、財政赤字は必死。徴税にかかわる混乱(だれからお金をとるのだ!)、社会の分断、他国との軋轢などから、4年後のアメリカの未来が明るいとは思えない。トランプ大統領の行く末も不安だ。

上記は、Wedge Ismedia「教祖は同じ言葉を繰返し嘘でも本当になる」の原文です。