昔、大和魂、今、改革ー総選挙

大和魂!と叫んで日本人が肺病やみのような咳をした」
「起し得て突兀(とっこつ)ですね」と寒月君がほめる。
大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。
「英国で大和魂の演説をする。独逸(ドイツ)で大和魂の芝居をする」
「なるほどこりゃ天然居士(てんねんこじ)以上の作だ」と今度は迷亭先生がそり返って見せる。
「東郷大将が大和魂を有(も)っている。肴屋(さかなや)の銀さんも大和魂を有っている。詐欺師、山師、人殺しも大和魂を有っている」
「先生そこへ寒月も有っているとつけて下さい」
大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」
「その一句は大出来だ。君はなかなか文才があるね。それから次の句は」
「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふらふらしている」
「先生だいぶ面白うございますが、ちと大和魂が多過ぎはしませんか」と東風君が注意する。「賛成」と云ったのは無論迷亭である。
「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遭(あ)った者がない。大和魂はそれ天狗の類(たぐい)か」

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 昔は猫杓子も大和魂! って叫んでいたが、今の時代はまったく流行らない、死語の類。そのかわりに、誰もが口走るのは改革だ。
 イギリスで改革、フランスで改革、スペインで改革、サウジアラビアで改革、エジプトで改革、シリアで改革、トルコで改革、フィリピンで改革、ベネズエラで改革、アメリカでも改革。政治家も労働者も肉屋も銀行家も改革! 世界中で改革旋風が吹き荒れている。

 この日本でも改革病が30年も続いている。吾輩の前の主人もテレビにまで出て「一に改革、二に改革、三、四がなくて、五に改革」と主張していた。
 公園の前の威勢のよい床屋は「改革、改革、核改革!」、餌をくれるおばんたちは「改革、改革、物価改革!」、若い学生は「改革、改革、教育改革!」、サラリーマンは「改革、改革、給料改革!」、派遣社員は「改革、改革、労働改革!」。選挙カーがスピーカーから「改革、改革 憲法改革」と叫んで通り過ぎる。

 吾輩も「改革、改革、犬猫病院改革!」と叫んでみたが、人間は誰も振り向かない。猫語がわからないし、吾輩選挙権がない。同胞の中の事情通によると、四国に犬猫病院を作るそうだが、吾輩はこの公園にこそ犬猫病院を作って欲しい。この夏に鼻のあたりに湿疹ができて痒くてたまらない。自分で舐めて治すしかない。

またも、「改革、改革!」と叫んで選挙カーが近所を通り過ぎた。でも、公園に住むホームレスのおっちゃんは、まったく改革に冷淡で手厳しい。
「改革? 改革? おれには改悪! 改悪! って聞こえるぞ」
そうぶつぶつ呟いて、選挙カーに向かってぺっと唾まで吐いた。
ホームレスは選挙権はあるのに住所がないので、吾輩と同じで投票できない。

それにしても明治時代に苦沙弥先生、しゃれた言葉を吐いたものだ。大和魂を改革に代えてみれば、今の時代もぴったりだニャン。

「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遭(あ)った者がない。改革はそれ天狗の類(たぐい)か」