金持ちの家に生まれ変わると予言したニャン

 帰って見ると、奇麗な家(うち)から急に汚ない所へ移ったので、何だか日当りの善い山の上から薄黒い洞窟の中へ入り込んだような心持ちがする。
探険中は、ほかの事に気を奪われて部屋の装飾、襖(ふすま)、障子の具合などには眼も留らなかったが、わが住居(すまい)の下等なるを感ずる
と同時に彼のいわゆる月並みが恋しくなる。教師よりもやはり実業家がえらいように思われる。
吾輩も少し変だと思って、例の尻尾に伺いを立てて見たら、その通りその通りと尻尾の先から御宣託(ごせんたく)があった。

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 吾輩はもう苦沙弥先生のような貧乏所帯は、願い下げだった。崩れた黒塀、屋根に草が生え、標札も紙きれで雨の日は朽ち果て、ろくな食い物も出さない。
 パン屑、魚の骨、たくあんの類。

 おまけに家族の誰かが、雑煮の餅を罠のように椀の底に置いてあった。わざと食べるようにそそのかしたに違いない。吾輩は好奇心と餓鬼道に駆られて、
あぐりと餅の角を一寸ばかり食い込んだら、口の中と歯にくっついて、危うく窒息死しそうになった。後足二本で踊り狂ってたら、子供も主人もその細君もみなげらげら笑っている。

 虐待ニャン、もういやだ。あんな家。

 もっと上品なうちに、お金持ちのうちに飼われたいニャ。
 やっぱ、金ニャン。

 猫も人と同じく複雑怪奇な生き物。公言することと心の底で思うことは違う。他人に厳しく自分に優しく、言行不一致、これ猫道と見たり。

 そこで吾輩は神様に頼んだニャン、今度はもっとお金持ちの家に生まれるようにして下さい! でも実業家とかの俗物は嫌いだから、お金もちの博士の家にって!
 願いは叶うニャン!

 ニャン、ニャン、ニャンと吾輩が軒下で産声を上げていると、「まあ、可愛い、この子猫」と中学生になったばかりの娘が吾輩を抱き上げてくれた。

「ママ、ママ、来て、可愛い子猫よ。子猫のくせに口髭生やしている。誰かに似ているわね、うーん、漱石にそっくりよ。ねえ、飼いましょう」
 天の配剤、神様の思し召し。その子は『吾輩は猫である』を読んだばかりだったニャン。

 こうして吾輩はピッカピッカの塀に囲まれた豪邸に飼われることになった。3階建てで、部屋は5つもあって、どこもしこも金ぴかに輝いていて、
平らなテレビは吾輩の10倍もありそうで、台所は10mもあるシステムキッチンで、専属の料理人がうまい魚をこんがりと焼いてくれるニャン。

幸せニャン。