戦争史に刻まれる神風ドローンアタック ―次の標的は日本関連施設か― その2

6.謀略、偽旗作戦か?

 私は犯行声明を出したフ―シー派がイランの武器を使って攻撃したと考えるのが自然だと思っていた。これまでも、彼らはサウジ領内を何度もミサイルやドローンで攻撃している。

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アメリカの衛星写真が公開された

 けれども、もちろん、疑惑は残る。日本のタンカーを攻撃した主体が今も曖昧なままであるとおり、曖昧であってほしい勢力がいる。そもそも米国とイランの和解の兆しが生じると、すかさず何らかの攻撃がある。両国の和平を望まない勢力が攻撃していると考えることができる。イランの経済封鎖を解いてもらってはこまる。それを忌避する2つの中東の主要国は、あまりに明白である。

 

 イランの中にもそのような組織があるのかもしれない。私はイラン人やイラン政府は、イスラム文化やその気質からして、わざわざイランを訪れた安倍首相のメンツを潰すようなことをしないと信じていた。また、神聖政治ならば国は一枚岩と考えていた。けれども、特殊作戦を任務とする諜報・軍事組織ゴドス軍(Quds Force)は、それに当てはまらないと考えるようになった。彼らは政府上層部でさえ、手を出せない存在のようだ。

 

 たとえば、1991年にサルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を翻訳したことで五十嵐一筑波大学助教授は暗殺された。その犯人はゴドス軍だった可能性が取り沙汰されている。また、彼らは1994年アルゼンチンブエノスアイレスにあるユダヤ文化センター爆破テロを実施し、85人を殺害し、200人以上を負傷させている。2015年には、アルゼンチンの検察官ニスマン氏が何者かに殺害されている(自殺として処理)。彼は当時のクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領、カルロス・メネム元大統領(在任期間:1989~99年)がこのユダヤ文化センター爆破テロ事件においてイランとの間で密約を結んでいたと主張し、裏どり捜査をしていた。

 またゴドス軍はベネズエラの旧チャべス政権、現マドゥロ政権とは親密な関係であろうと推定される。ただし彼らの犯行らしくないところもある。今回の攻撃は人を傷つけておらず、血生臭くない。いずれにしろ彼らゴドス軍は日本を決して友好国としては見ていない。

 

 これらの機関や国が関わっている場合、今回の攻撃は陰謀、謀略説の中へ入っていく。日本では謀略説などは一般に忌避する傾向にあるが、ほとんどの戦争は謀略により始まるのが通例と私は考えている。

 

7.なぜ、9月末でプラントは修復されるのか

 中東や南米のプラント現場で数年働いた経験からすると、大規模な攻撃を受けたのだからプラントを修復し、生産を同水準に戻すには少なくとも数カ月かかるものと想像していた。石油プラントは世界中から集めた何千という部品でできているのだ。ところがサウジアラビアは一月もしないうちにプラントは修復され、生産も元に戻るというのである。

 

 攻撃されたアブカイクのSTABILIZATION PROCESS UNITは、原油から不純物、とりわけ毒性・爆発性の硫化水素を取り除くための施設である。アメリカが公表した衛星写真による被害状況と私が入手した同プラントの概略図を重ね合わせると、ドローンの攻撃はピンポイントだったことが明白である。被害を受けたのは、LNG Storage tankと、 Oil processing unit内にあるProcecessing trainsと他らかの小規模施設である。鉄の塊であるタンクやパイプラックのみに被害が留まれば、サウジアラビア国内で修復可能かもしれない。

 ところが、processing unit がかなりの被害を受けている。ここには、Compressor, Stripper,Desalter, Heat exchanger, Steam Metane Reformer, Boiler、Stabilization Towerなどのいずれか複数が設置されていたと思われる。またコンピューターからなる制御系も破壊されたかもしれない。AFPの報道よると、アラムコは「重要施設であるStabilization TowerとSeparatorが被害を受けた」と言っている。実際公開されたアブカイクの被害現場の写真を見ると、主要設備の一部が丸焦げになっている。

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アメリCSISの先月のレポートはアブカイクが危ないと警告していた

 これらの設備が破壊されているならば、その取り替えに少なくとも数カ月は要するのではなかろうか? アラムコは破壊された機材の仕様を確認し、韓国、日本、ドイツ、アメリカなど世界中にちらばる企業に発注をかけ、受注企業が生産し、船積し、輸入通関し、数百トン、数十メートル長の重量物を専門の運送業者に運搬してもらい、大型クレーンをレンタルし、それらの機材を設営し、技術者がメーカーから派遣され、試運転する。簡単ではない。

 

 数週間で修復されるというのは、まったく謎だ。

 

 最後に、日本施設が攻撃を受ける可能性があるとする予測について述べよう。

 

8.ペルシャ湾岸の重要施設は日本とも関係が深い

 まずアブカイクの地理を把握する必要がある。アブカイクで精製された石油は、パイプラインを通じて、北東約140キロの地点にあるラアス・タンヌーラの石油積み出し港に運ばれ、タンカーで日本などに輸送される。また、ラアス・タンヌーラには、日本のプラント企業が設立した高効率のコジェネレーションプラントがあり、アブカイク精油所に電力を供給している。

 

 さらにラアス・タンヌーラから北西へ90キロほどいくと中東一の化学工業都市ジュバイルがある。私はこの都市のあるメーカーからある素材を輸入し、ジュバイルの港から積み出した覚えがある。さらに、そこから北へ100キロ進むと、 "Minerals Industrial Cityの称号を持つ"Ras Al Khairがある。ここには、さまざまな化学プラントがあるが、重要施設のひとつは、淡水化プラントである。このプラントは、韓国企業が受注し建設したものだが、重要な機材には日本の化学メーカーの海水淡水化用逆浸透膜エレメントや、機材メーカーのポンプが使われている。

 

 ペルシャ湾にはこのような重要施設が密集しており、日本企業とも関係が深い。ホルムズ海峡の封鎖がよく警告されるが、敵味方問わず産油国にはこの海峡は重要なのだからそれはありえまい。むしろ、これらプラントなどの重要施設、主要な港を叩けば、石油やガスの輸出は止まる。そのほうがずっと現実的である。実際、上述した施設は、今もドローン攻撃の危機に晒されている。

 

9.日本が中東紛争に手を出すと…

安倍首相は9月23日~28日の日程で米ニューヨークとベルギー・ブリュッセルを訪問するという。ニューヨークでは、トランプ米大統領との会談に加え、イランのロウハニ大統領と会談する(24日)。けれども、諜報のない日本が火中の栗を拾うのはよくよく考えたほういい。

 

 安倍首相が中東の首相や大統領と会談すると、何かが起こってきた。日本はアメリカの代替攻撃目標なのである。

 

2015年1月21日:安倍首相がイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談し、ISIL対策として,日本が総額2億ドルの新規支援を行う旨紹介した。その数日後、ISILの人質となっていた湯川さん、そして後藤さんが殺害された。

 

 今年の6月12日:安倍首相はアメリカとの橋渡し役になろうと意気込んでイランを訪問し、ロウハニ大統領、およびハメイニ最高指導者と会談した。そのとき、日本のタンカーが攻撃を受けた。

 

 もちろん首脳会談を行い、和平に少しでも導くことができれば、それは日本の国益に資する。けれども会談する人々は安全だが、中東、サウジアラビアの日本関連施設とそこにいる日本人は戦々恐々としているに違いない。

 

 さて、イランとフ―シー派はイエメン戦争の勝利を確信し、和平攻勢へと出ている。サウジアラビアは少しぐらい不利な条件であっても、無駄な戦争を終結する時期にあるといえよう。さもないと、サウジ全土が炎につつまれてしまう。早急に和平協定を結ぶべきだ。

戦争史に刻まれる神風ドローンアタックー次の標的は日本関連施設か―

 9月12日の昼、私の足元にはスカイウォーにより捕獲されたとする小型ドローンが捕獲網に絡まれて転がっていた。その先にはイギリス企業とイスラエル企業がジョイントベンチャーで製作したイギリス陸軍の偵察用ドローンのウォッチキーパーがある。

 場所はロンドンのグリニッジ北、エクセル展覧会センターの広場。2年ごとに西側諸国を中心とする防衛産業の展示会(DSEI=Defense and Security Equipment International)が開催され、制服組を含め世界中から関係者が集まってくる。

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 私が参加した主な目的は、いかにドローンによる攻撃を防御するかを探るものだった。2年前にフ―シー派がミサイルでサウジアラビアのプラントを攻撃すると予測していたが(参照 サウジアラビアでイスラム開発銀行に雇われてみた)、最近はアメリカ製やイスラエル製のドローンに何度も攻撃されている彼らが、今度は逆にドローンでサウジアラビアの施設を集中攻撃するのではなかろうかと疑っていた。それは世界にドローンテロ旋風を巻き起こす可能性がある。

 

 2日後、サウジアラビアのふたつの石油プラント、アブカイクとクライスが神風ドローン攻撃により炎上した。このドローンの攻撃がこれほどうまく行うとは思いもよらなかったが…… さて、この攻撃の前後で何が変わり、何が謎として残り、そして近未来はどうなるのかを考えてみた。

 まずは軍事用ドローンとは何かから始めよう。

 

1.軍事用ドローンとは

 もともと、イスラエルアメリカの企業が開発・製作した技術であり、中近東、アフリカ、アフガニスタンパキスタンなどにて、ここ20年近く使われてきた。最初は偵察用だったが、その後テロリストを捕獲・殺害する手段となった。映画「アイ・イン・ザ・スカイ」(https://www.youtube.com/watch?v=lvPVwwoWak4)で描かれたように、ドローンの操縦室は遠方、例えば米国や、あるいは他の国か該当国のどこかにあり、現場からは遠く離れ、映像を見ながら操作し、敵をヘルファイアなどのミサイルで殺す。人物を追う場合は、インテリジェンスによる情報を集め、分析し、目標を殺害するか、あるいは捕獲するかを決定する。

 燃料はリチウム電池、あるいは水素燃料電池で時速は150キロ~200キロ前後、航続距離は現在2000キロを越える。

 偵察・攻撃用としては有名なのは、米国のプレディター。夥しい数がテロ頻発地域や紛争地域の上空を飛び交っている。

 日本では、これまでプレディターが撃墜されたり、著名なテロリストを殺害したり、あるいは多数の民間人を誤認殺害した場合など、マスコミで報道されてきた。その扱いはまだ地味であったが、今回の攻撃は神風ドローン編隊が、重要施設・インフラを破壊する大規模なものだった。ドローン戦争の幕開けといえる。

 

2.ドローンを無力化するにはふたつの方法がある。だが…

 私の知る限り、ドローンを無力化する方法はふたつある。空中で網で捕獲するか、あるいは電磁波による妨害の2種類である。

 展示されていたスカイウォーは、照準器で上空に迫って来るドローンを捕らえ、ランチャーからカートリッジを発射する。するとそれは、ドローンを追尾し、カートリッジから網が出て、ドローンを空中で捕獲し、パラシュートが開き、ドローンはカートリッジとともに静かに地上に落下する。(https://www.youtube.com/watch?v=M6tT1GapCe4

 

 警視庁も似た迎撃ドローンを使っている。それは網をぶら下げたドローンがドローンを捕獲するものである。こちらのほうが安価で精度が高そうに思われる。

 DSEIではドローンキラーも展示されていた。こちらは、照準器で上空のドローンを捕らえ、ランチャーから妨害電波を放出し、ドローンの飛行を制御不能とする。日本の警察庁もこれと似た妨害電波を出すジャミングガンを所有している。

 

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 いずれも1機、2機の小型ドローンには対処できるかもしれない。けれどもドローンが編隊で、10機、20機と訪れ、四方八方から同時にあるいはわずかな時差を置いて攻撃してきた場合、とても防ぐことはできない。しかもイラン製のドローンの価格と比べて、防御装備の価格は、少なくとも10倍はすることだろう。

 

 神風ドローン編隊を防ぐ手立てはほぼないのだから、今回の攻撃は、テロばかりではなく、戦争じたいも変えてしまう。かつて日本による真珠湾攻撃が、これからの戦闘が戦艦ではなく戦闘機が主体となることを示したように、今後はドローンが要となってくることをまざまざと示したのである。

それにより、中東のパワーバランスは大きく変わった。

 

3.現状のパワーバランス

 イランは2012年には「ドローンで2000キロの範囲を攻撃できる」と豪語していたが、フ―シー派の攻撃によりそれは事実であることが明らかになった。サウジアラビアアラブ首長国連邦UAE)の重要施設、中東におけるアメリカの艦船や基地もドローン攻撃の射程に入っている。一度、飛行してしまえばドローン編隊の攻撃から防御することは極めて難しい。ならば、ドローンを制御している司令部を発見しそれを破壊するか、ドローン製造工場を破壊するしかない。けれどもそのためには、ドローンによる偵察とヒューミントによる情報も必要である。けれどもイラン国内のCIAのスパイ網は全壊している。

 

 イランとフ―シー派が圧倒的に有利なのである。以前からイエメン、パキスタンアフガニスタンなどの紛争地では、テロリストではなくとも人々は自分の身を守るために上空を神経質に見上げなければならなかった。今はサウジアラビア人がそうする必要に迫れてしまった。

 

4.サウジは死の商人に騙され、巨額の金を失った

 サウジアラビアの昨年の武器購入額は650億ドル、約7兆円で、その大部分は米国からのものだという(ストックホルム国際平和研究所SIPRI))。最新のレーダー、パトリオットミサイルなど、最新兵器を大量に完備している。

 けれども国家の最重要施設に対する、安価な神風ドローン編隊を防ぐ手立てはないのだ。国土がドローンの人質になってしまったのだから、口巧みな営業マンに騙され、無駄金を使ったといえる。

 

 イエメン戦争はサウジにとっての泥沼のベトナム戦争であり、国防の脆弱性が顕になったことで、アラムコの上場にも影響が出るだろう。いつ攻撃され炎上するかもしれないプラントを持つ企業の株を誰が購入するのだろうか。

 

 一方、翻ってみると、日本もサウジアラビアと同様、アメリカの軍事産業のお得意さんであり、F35、オスプレイイージス艦、偵察用ドローンなど2兆円前後買いこんでいる。今後も大量の購入が続くが、同様に営業マンに騙されていると言えまいか。

 

5.狼少年となったアメリ

 トランプ政権はイランが下手人だといっている。イランから発射されたのが確実だと。けれどもアメリカにはふたつの前科がある。ひとつは、捏造されたナイラ証言である。すなわち、1990年当時のクウェート駐米大使の娘が偽名で「イラク軍兵士がクウェートの病院から保育器に入った新生児を取り出して放置し、死に至らしめた」と述べ、それが事実として広まり、アメリカは湾岸戦争に突入した。

 

 もうひとつは「サダムフセイン大量破壊兵器」を保持しているとのCIAの誤認情報である。それが米国をイラク戦争にかりたて、結果的にISの勃興を経て、現在のテロが覆う世界を作った。

 

 それらの前科に加え、トランプ政権の人望のなさ、信頼性の欠如が輪をかける。もしかしたら、イランがイラン・イラク国境付近からミサイルかドローンを発射したのかもしれない。が、誰も簡単には信じることができない。

 

 さらにイラン製のドローンやミサイルを使っている可能性が高いが、それを関与というならば、笑止千万といえる。それを言えばあらゆる戦争はアメリカが関与しているといえる。とりわけサウジアラビアは、イエメン人をアメリカ製の戦闘機、ミサイル、陸上兵器によって殺戮してきたのだからなおさらである。

 

それにしても腑に落ちないふたつの謎がある。(続く)

選挙緊急速報 やってみた出口調査 60歳からのハローワーク4

―やってみた出口調査 60歳からのハローワーク4―

 参議院選挙がやってきた。短期就労のチャンス! すなわち、マスコミ各社の出口調査のアルバイトがある。時給は1200円前後で8時間労働が基本だ。私は前回の衆議院選挙では、某テレビ局と某新聞社のために働いた。読者にだけその実情をそっと教えることにする。

 

アルバイトをせざるをえない理由

 受け入れてくれる仕事がまったく見つからない。まれに面接までいっても、不合格が続く。逆に是非にといってくる会社もあるが、条件面で折り合わない。職務内容、勤務地、報酬が私の希望とまったく見合わない。たとえば、メキシコのハリスコ州での通訳業など、派遣会社が提示してきた報酬はなんと月20万円。海外での通訳業ならば、最低でこの3倍が基準。40年前の学生の頃、国内通訳バイトで日給4万円だったことを思い出す。

 

 こんなことをいうと贅沢だという人がいるが、だからこそ日本の給与は下がる一方で、労働者は自分で自分のクビをしめていることになる。このままだと、あと10年すれば日本は高度成長の続く東南アジアの首都の給与水準に負けることになるだろう。すると、呼び寄せた海外からの労働者も魅力がなく、自国へ帰ることになる。

 

 だから、武士は食わねど高楊枝

 

 といきたいところだが、このままでは経済的破綻は必至。そこで短期のアルバイトも探すことにした。必要条件は、反社会的ではない。十分条件は、健康によい、興味が湧く、最近の日本の実情がわかる、社会に役立つ、のいずれかとした。

 

 選挙の出口調査はこれらの条件を満たしている。

 

 期日前投票選挙は、公示日の翌日から投票日の前日まで行われる。今回の参議院選だと、7月5日~20日までとなる。マスコミは各派遣会社を通じて、7月7日前後~20日までの期日前投票と、投票当日の出口調査員を大量募集する。

 

 世代別の投票行動はどう違うのか? 保守的といわれる若者の投票行動はどうなのか?

 その一端を探ってみたい。 

 

某テレビ局への道 

 さっそくネットでアルバイト紹介企業を探し出し、某テレビ局の期日前投票出口調査に申し込んだ。すると、翌日には面接・登録にきてくださいという。なにせ大量募集なのだ。今度こそ合格するだろう。

 

 履歴書と職務経歴書を携えて、面接・登録へと出向いた。職歴の中で、偉そうに見える履歴は省いた。東京大学大学院卒のホームレスは、工場系の勤務などでは、正直に学歴を書くと雇ってくれない」とぼやいていたのを思い出したからである。

 

 行ってみると、予期せぬことにアルバイトなのに簡単な試験を受けさせられた。うーん、まともな大企業なのだ。調査系なのだから、正社員で勤務できないだろうか? そんな淡い期待もあり、30分ほどのテストに真剣に向き合うことにした。

 

 一般常識、算数、漢字である。私は試験にはめっぽう強く、海外で行われる仕事上必要な試験は、地元の人間が1時間でかかるところ20分で終了するぐらい要領がよい。けれども作家を自認し著書が10冊以上あるにかかわらず漢字を書くのは苦手だ。空間識別と形の識別能力が著しく劣っている。海外のテストに漢字はでない。

 

 やはり2つほど書き方の分からない漢字がある。そしてわざとのように係官が中座した。そんなとき、人はどうする? 当時私は『ファウスト』(ゲーテ)を再読していた。悪魔のメフィストフェレスに魂を売ったファウストは、人を殺す原因にさえなる悪事に加担する。私にもメフィストフェレスがそっと悪魔の囁きを…

 

検索機能を利用するぐらい許されてしかるべきではないか。仕事を得られるかどうか、金があるかないかは生きるか死ぬかに直結する。ホームレスの中には正直者ゆえにそうなったものもいる……

 

そっと携帯電話に手を伸ばした。

 

 こうして良心と引き換えに行ったサッカーのマリシアに等しい行為により、筆記試験はほぼ満点に違いなかった。歴代最高点かもしれない。

 

 次の面接は簡単で、外務省のように「こんなところで働くのはもったいないですよ」などと言われなかった。数日後、うれしい合格通知がメールで送られてきた。

ははは、ざまあみろ! 

そんな悪魔の囁きが聞こえてきた。

 

説明会

 就労日の10日程前に某テレビ局に出口調査に従事する精鋭50人前後が集められた。会場の席は、割り当てられた番号により決められていて、仕事に持参する黒カバンが置かれている。まずは中身の確認。腕章・携帯電話・調査員証・アンケート用紙の有無、自分の担当地域のものになっているかどうか。

 私の勤務先は自宅から30分ほどの住民センターである。住居のある同じ区は、見知った人間がいるなどの理由で、除外される。日時は、選挙前週の水、木、金の3日間の11:30~20:00。調査時間は12:00~19:30である。

 

 その後は、アンケートの取り方、携帯電話の利用法などの説明を受ける。紙で取った調査項目は、すべて携帯電話で報告するシステムとなっている。簡単な仕事だが、携帯の使用が嫌いだったり、小さな文字を読めない視力の弱い人には難しい。もっとも注意する点は、腕章、携帯電話、調査員証の紛失だという。説明会では交通費往復分が渡されたように記憶している。

 

調査の実施と調査項目

 前回の衆議院選挙では前週も当日も生憎天気の悪い日が続いた。本来建物の出口でアンケートを取ることになっていたが、雨の中傘をさしての応答は不都合である。そこで、選挙管理者は、室内での調査を認めてくれた。

 

 投票後選挙人はエレベーターか階段で階下に降りて来る。そこを、某テレビ局、某新聞社2社、某通信社のバイト調査員が待ち受け、彼らに駆け寄り、アンケートをとる。老若男女のバイトは、バイトなので譲り合いの精神で争うようなことはない。

 

 それぞれマスコミ各社により、休憩時間など微妙な差がある。予想通り、人使いが荒いと思われる新聞社は休憩時間も少なくバイトへの扱いは旧態依然だった。私が勤務した某テレビ局は、まずまずの待遇だった。

 

 土日ではないので、若者が来ることは少なかいのは当然としても、それでも日本が高齢化社会になっていることを実感する。車椅子の老人や杖をついている老人が実に多い。昼間には近所で勤務する若い建設労働者がちらほらし現れ、夕方6時を過ぎると仕事帰りのリーマンがやってくる。

 

 男女の別と年齢の別を聞き、内容に対する回答を得る。

 アンケートの内容はごく一般的なものだった。

 

1.投票するのに、最も重視する項目はどれですか。

原発の再稼働問題

森友学園の問題

北朝鮮のミサイル

憲法改正

・消費税値上げ

 

2.安倍首相に対していずれですか

・大好き

・少し好き

・ほとんど嫌い

・大嫌い

 

 これらを選んでもらい、最終的に携帯電話で、結果すべてを本部に報告するシステムとなっている(他に支持政党などを聞く項目もあったがそれは割愛する)。

 

 7時半に仕事が終わると、住民センターの集会場で最終集計を携帯で報告した。長時間の立ち仕事なので、足の筋肉が固まっている。隣で70代前後の引退した老人たちが将棋をさしたり、カラオケを歌っていた。羨ましい年金生活に違いなかった。

 

若者世代の特異な投票行動

 私は3日間で延べ180人強の解答を得た。平均60通/日となる。その結果を示す掲載のグラフを見ていただければわかるが、期日前投票・年齢構成を考慮しても、まさにシルバー民主主義国家となっていることが明らかである。また年齢差が大きく出たのが、北朝鮮問題だった。この年はしばしば北朝鮮がミサイル発射の実験をし、

 

“ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい。” 

 

 という総務庁が100億円をかけて作ったJアラートがテレビで鳴り響いた。直接の管轄は消防庁(私は担当者に取材しているがここではその詳細は述べない)である。もちろん、私はサムライの子孫なのでどこにも逃げ隠れもしない。日本に落ちた瞬間北朝鮮の政権は崩壊するし、さらに500キロ以上の上空を飛んでくるので領空圏とは言えない。

 

 若者は自身の生存に異様に敏感なのか、恐怖心が高いのか、あるいはより血の気が多いのか、他の年齢層よりも憤っているのか、歴史や現実の知識が欠如しているのか、そのいずれかであろう。またそのような層が投票に出向くとも言えそうである。

 

 安倍首相の好き嫌いはどの年齢層も50%とほぼ拮抗していたが、20~29歳の層だけは、大好きと少し好きを合わせて70%であった。

 

 なぜ、彼ら若者の投票行動だけ特異なのか? マスコミでは就職率がいいからと単純に解説しているようだが、私は、彼らが子供時代から中学高校にかけて経験した大きな出来事、すなわちリーマンショック(父母は影響を受けたに違いない)、東日本大震災民主党の稚拙な政権運営の3つに起因していると想像している。この件は機会があれば、もっと深く分析してみたい。

 

 

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期日前投票者の年齢構成

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北朝鮮のミサイル問題を最も重視する項目として上げた年齢別の構成比

 もし私が与党の選挙参謀であったならば、選挙の2週間前ぐらいの時期にナショナリズムに訴える政策を打ち出すとことにする。少なくとも、感受性の強い若者層の得票は上がる。

 

某新聞 投票日
 私は別の派遣会社からも某新聞社の選挙当日の出口調査のバイトをすることになっていた。こちらは、伊豆諸島の島も希望対象地域に入っていて、その場合は一泊分のホテル代が出る。旅行気分で楽しそうだと申し込んだのだが、残念なことに私の担当は家から数百キロも離れた水田に囲まれた関東の県境となった。列車とタクシーを乗り継いで2時間はかかる。前日の研修も実に遠い場所で行われたので、遠出のアルバイトである。


 選挙当日は朝4時起き。これほど早いアルバイトは、ずっと昔、短期ホームレス生活を送っていたときに、後楽園のドーム球場に行って巨人戦の切符をとるために並んで以来である。

 

 この調査で面白いのは、調査だけではなく、ほぼすべてがタブレトの中で完結していることだった。紙は一切使わない。目的地もモニター上の地図に矢印→で表示される。駅を降りてからのタクシーも用意されている。まるでスパイ映画の中の出来事のようだった。 


 調査先は2か所で、午前中は文化センター、午後は学校だった。この日も雨。文化センターは私一人だったが、小学校のほうは通信社にデータを送るバイトのおばさんが傘をさして軒下でアンケートをとっていた。


 私は選挙管理委員の人々と交渉をして室内でアンケートをとれるようにした。タブレットに結果を記入する調査項目は以下のとおりであった。

 

・安倍政権のままがいい
・他の政権がいい

・9条改正自衛隊明記に賛成
憲法改正に反対

・経済政策を評価する
・経済政策を評価しない

 

 私は100を越えるアンケートをとったが、この日はくたくたで、しかもデータを記憶するのも難しく、正確な記録はない。けれどもほとんどの項目が拮抗していたが、若干与党に不利な結果が出たとの覚えがある。そして、若者だけは明らかに与党寄りであったことも記憶している。

こうして私を含め、全国にちらばる何千人というアルバイターたちの労働のおかげで、新聞・テレビの事前予測、そして当日の当確が可能となる。

 

 さて、収入はというと、4日間でしめて約4万円。今回の参議院もチャンスだ。けれども冷静に考えると知事選を含めても選挙はそうそうあるものではない。しかも月4万円の臨時収入では、目標の金額からはほど遠い。定期的な収入を得る必要がある(続く)。

 

年収160万円からの脱出シリーズ

風樹茂の世界と日本を見る眼

 

 

仮面を剥がされたサウジアラビア ムハンマド皇太子(4)

反テロ法の拡大解釈
 サウジアラビアイラクやシリアの内戦の影にかくれてあまり報じられないが、90年代からテロが頻繁に起こっている。外国人居留地英米人が狙われることが多い。10月には、サウジアラビア西部ジッダにある宮殿の西門付近で、男が自動小銃で兵士に発砲するテロ事件があった。当時、ムハンマド・サルマーン皇太子はジェッダにいたと伝えられている。

 キャンプなどの治安対策はどうだったのだろうか。

 「リヤドのサイトに入る時の、セキュリティGateだけは面倒だったな。朝の6時ころ到着したのに、ライフルを持つ門番が英語を全く理解せず、こちらの運転手の素振りも解らず、サイトの門の外の食堂・喫茶のような所で3時間も待たされた」 

 T さんが滞在した2014年にはサウジアラビアでは日本に先駆けて「テロとテロ資金に対する対策法」が施工されている。国内外で過激な宗教・思想集団に対して所属、支援、支持の表明をした場合、懲役5年以上30年以下の懲役刑、さらに容疑者を6カ月留置でき、外への連絡は90日間禁止される。捜査当局は容疑者の尾行・盗聴・家宅捜索が可能となった(参考『サウジアラビアを知るための63章 「11章 初の包括的テロ対策法」』中村覚 明石書店)。

 同法を盾に2015年7月には、サウジアラビア治安当局は、ISILに連なるテロ関係者431名を逮捕し、同年9月にも、東部州及びリヤド市内に潜伏するテロリスト多数を摘発している。と、同時に人権活動家、ジャーナリスト、ブロガ―などにも適応され、テロと無関係な人間が監禁され、国民の口封じとなっている。 

 5月には、国連代表が人権状況をサウジアラビアに視察に行き、推定無実の囚人との面会を求めたが、認められなかったこともあり、国連は反テロ法の拡大運用による人権侵害と言論の自由を封じる弾圧に対して非難している。

 いずれにしろ、原油価格の低迷と人口増加(90年は1500万人、現在は3200万人)を考慮すると、2万人の王族を筆頭とする超金満・格差社会が、今後も続けられるとは思えない。11月にはムハンマド・サルマン皇太子の指示により、汚職容疑で王子11人、他大物実業家、現職閣僚ら有力者数十人が一斉に逮捕されたのは記憶に新しい。

サウジ版維新はどうなる? 
「王族からの権力と金力の奪取、宗教の呪縛からの解放」―これらは明治維新時に、大名と武士の特権を奪い、廃仏毀釈により仏教を弾圧したのと似ている。サウジは王室の最高位が自分以外の旧体制を打破しようとている点で、江戸幕府が消滅してしまった日本とは違う。けれども旧体制の権力を削ぎ、国柄を刷新するという意味では、サウジ版維新といえそうだ。

 維新の成否について、その阻害要因となりそうな気がかりな3点を挙げておく。

1.労働にかかわる長年の慣習や意識は簡単には変わらない。外資により職を作っても、その職を全うできるサウジアラビア人は当分不足する。その意味で、若者は海外でのインターンでの就労などで、別の労働環境を体験することが望ましい。中長期で人材育成が変革を妨げるリスクとなる。

2.アラムコの株式上場と政府の収入増のためには、原油価格を上げる必要がある。けれども原油に頼らない国を作るために、原油に頼るという苦しい状況ともいえる。今後バレル60ドル(WTI原油先物)をつけ、もしも70ドル台へと価格が上りつめていけば、再び原油頼み経済に戻ってしまうのではないか。産油国とは案外そういうものだ。サウジアラビアGDP−20%を記録(82年)したときにも、石油依存体質を抜け出さない限り、サウジアラビアの王朝は危ういといわれていた。

3.イエメン内戦への介入はサウジアラビアに高くついたのではないか。無差別爆撃や陸海空封鎖処置によるイエメン国民に対する非人道的な行為が明らかになっている。空爆などの犠牲者は1万人を越え、人口2700万人のイエメンで700万人が飢餓状態で、90万人がコレラなど疫病に感染している。多くは子供たちだ。

 さらに11月4日には敵対するフ―シー派により、首都リヤド近郊の国際空港に向けてイエメンから弾道ミサイルが発射され、サウジは石油プラントの防御を厳重にする必要が生じている。
日本、韓国、スペイン企業などがかかわった南西部にある新興のジザン製油所(ジザン経済区)は、フ―シー派が支配する山岳地帯のイエメン北国境から100キロ程度しか離れていない。サウジアラビア内が戦争状態になれば、原油はバレル100ドルを目指して急騰するだろうが、外資は進出に二の足を踏むし、外国人が働きに行くのも躊躇する。サルマン皇太子が自ら前のめりになったイエメンへの軍事介入が、改革をとん挫させ、自らの失脚を招きかねない最大のリスクとなっている。

  
 トルコイスタンブールのサウジ領事館での杜撰で残忍なジャマル・カショギ記者殺害事件は、まさに独裁の由縁を思い起こさせる。独裁者は全能感のゆえ、杜撰になり失敗する。けれども何度失敗しても乗り越えてしまうのが独裁だ。

 このムハンマド皇太子がどのように育てられ、どう教育されたのかは、わからないが、基本的に他者の痛みなどこれっぽちも感じない人間であることは確かである。身内の不幸のときだけ、心を震わせるとしたら、まさにヤクザ、マフィア、コカインカルテルの一員とその人間性には変わるところはない。

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フェイクニュースはこうして広まり、定着し、真実となるーべネズエラの「インフレ率1000万%」を人はなぜ信じるのか? 

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 さて、安田純平氏が解放された。喜ばしい。産経新聞は、「国際テロ情報収集ユニット」のおかげだという記事を俄かに掲載したのだが。レバノンのメイドカフェと日本人人質 安田純平氏

仮面を剥がされたサウジアラビア ムハンマド皇太子(3)

格差は続く
 最近のサウジの事情が知りたく、今年の6月、プラント技術者のTさん(キャリア40年)に数年ぶりで会った。2014年10月〜15年4月まで中東最大のジュベール工業都市でジェット燃料生産プラントの建設現場で働いていた。施工は韓国系の企業でオーナーはアラムコである。

 石油精製、石油化学、鉄鋼などのプラント工業群から成る、ジュベールには日本の主要な建設会社やエンジニアリング会社は一度は進出したはずだ。筆者もジュベール港出港のサウジ産の鉄加工品を別の国で何度も受け取ったことがある。

 「暑い? だから今回はまだ過ごしやすい4月〜10月だけの勤務にしたんだよ。命令するほうだから、勤務はそんな大変じゃなかった」
 「息抜きといえばバーレンに行くぐらいかな。食事はインド、フィリピン、インターナショナルの3種類が食べられるようになっていたよ」
 筆者と違い位が高いので一時カタールにいたときのように私のように残業、残業というわけではない。

 他の国の人はどうなのだろうか。

 「フィリピンとインドは職場の中間層で、仕事や生活もまだ余裕があるんじゃないかな。フィリピン人は家族も呼んでいた。外人女性も外ではアバヤを被っていたな。大変なのはクラークや掃除夫のネパール人で、知り合ったひとりは朝から夜まで働いて残業代を稼いで、長年サウジから家族に仕送りをしていた。月給? 1000ドルいくかいかないかぐらいじゃないかな」

 世界中どこでも勤務時間が長く辛い職種に限って報酬は少ない。とはいえ、ネパール国内の建設労働者は月給100ドル前後だろうから、10倍にもなる。

 「サウジの人間も何人かいたよ。何割か雇わなきゃいけないって政策だからね。でも彼らは新聞を読むか煙草を吸っていたな」

 サウジアラビアは人口の3分の2ほどを30歳以下の若年層が占め、失業率は20〜30%。政府はサウジ人の雇用を増やす(サウダイゼーション)意向だが、そう簡単ではない。何ら税金はなく(2018年から消費税5%導入の予定)、教育も無償となると、勤労意欲は湧かない。せいぜい公務員になって日に2、3時間就労すればいい。また、初等教育が義務教育として確立したのは2004年である。

 「プロジェクト本部はリャドにあったから、そこまで車で4時間の行程で、途中テントとか仮小屋のような家を見たね。あと、アラムコのプロジェクトに従事する人間は別格だよ。30歳そこそこでベンツに乗っているし、欧米に留学している。我々に命令するほうだから。アラムコのあえらいさんが一時日本に新婚旅行できたよ。成田から電話が突然きて、案内にしろっていうのさ」
「そういえば、映画館の建設が許可されたみたいだな」


 外は灼熱だ。宗教警察の目も光っている。冷房のきいた映画館もまだないのだから、人々は自然ゲームなどの室内の娯楽に関心を持つ。だから、日本のオタク文化好きがたくさんいる。経済改革計画「ビジョン2030」は娯楽面の拡充もうたわれ、17年の2月にはジェッダで、オタク文化の祭典『コミコン』が開催されて2万人前後が参加したという。

 けれども映画の上映には保守的な宗教界が反発している。王家は宗教警察の力を削ごうとしていて、宗教界と王家の綱引きが続いている(サウジ版維新の行方に続く)。

フェイクニュースはこうして広まり、定着し、真実となるーべネズエラの「インフレ率1000万%」を人はなぜ信じるのか? 掲載されました。ノーベル医学生理学賞 本庶佑さんがおっしゃるようにどんな権威だって信じてはいけない、はあらゆる面で当てはまる例です。

*仮面を剥がされたサウジアラビア ムハンマド皇太子(2)

事実はマスコミには書けない
 その日の夜、もっと恐ろしいこんな話をK氏に聞いた。

 ある国の駐在員の妻が殺され、第一発見者の夫が疑われて拘置所に入れられ、その国の大使館や派遣企業が解放に手をつくした。けれども、拘置所を出た時には精神に異常をきたしていた。
この手の話は欧米や日本の駐在員の間で語り継がれる都市伝説のようものかもしれないが、いい悪い別として、サウジの国柄からして欧米流の人権は通じないのだから、ありそうなこと思え、恐怖を感じたのを覚えている。

 あれから20年ほど立った今も、そんなサウジアラビアの状況は変わらないままなのだろうか?

 その日の夜、もっと恐ろしい話を聞いた。
「ある商社の駐在員がオフィスから戻ったら、妻が血を流して死んでいた。警察に電話した。第一発見者だから、疑われて拘置所行きになった。もちろん大使館や企業は釈放してもらうように手を尽くしただけど」
 サウジアラビアの裁判はアラビア語で行われ、通常、通訳がつかないという。弁護人はついたりつかなかったりのようだ。
「結局、刑務所から出たときには精神に異常をきたしていた。会社は日本のマスコミには手をまわして記事にならないようにしたけどね」
 死刑になるのは、殺人、麻薬売買、窃盗、不倫、売春、国王や宗教への冒涜である。

 もちろんこれは都市伝説ではなく、事実。実際には日本の商社マンに起こったことである。
 20年たった今も、この国の基層文化や政治の基盤は、今回のムハンマド皇太子によるカショギ氏の杜撰な暗殺により、その仮面は剥がされてしまった。(最近のサウジアラビアへ続く)

フェイクニュースはこうして広まり、定着し、真実となるーべネズエラの「インフレ率1000万%」を人はなぜ信じるのか? 掲載されました。
日本と世界のマスコミをなで斬りします。

仮面を剥がされたサウジアラビア ムハンマド皇太子(1)

 もともとサウジアラビアは、独裁の警察国家である。以前より、フィリピンなどから来る家事手伝いの
メイド他は、家族にパスポートをとられ、自由のない暮らしをするどころか、行方不明となることもあった。
フィリピン領事館には不明者捜索の担当官もいた。

 2014年にはサウジアラビアでは日本に先駆けて「テロとテロ資金に対する対策法」が施工されている。
もちろんそれは、テロリストの摘発だけではなく、同時に人権活動家、ジャーナリスト、ブロガ―などにも適応され、
テロと無関係な人間が監禁され、国民の口封じの手段となっている。 

 今回は、ジャマル・カショギ記者という著名なジャーナリストが、トルコイスタンブールのサウジ領事館で、生きたまま
切断され殺されるという劇的な殺害方法だったので、世界の目を惹いている。けれども 国の基層文化・政府の出自を白日の下に
曝しただけで、もともとそのような国の仮面が杜撰な手口のせいで剥がされただけである。

 以下は以前WEDGEInfinityに掲載された 
サウジアラビアイスラム開発銀行に雇われてみた」独裁の命運7
 の引用と公になる文章には、書けない訂正と加筆(青字)である。つまり、マスコミには隠されてしまう、本当に大事な
ことや、瑣末に見えるようだが、読者の関心を書きたてたり、お笑いにつながったり、あるいは物事の本質を浮かびあがらせたりすることを、今回青字で記載する。

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 サウジアラビアは、昔からの文化、社会の規範をそのまま続けてきた国だ。日本は極端に欧米化したが、石油の恵みのあるサウジは超然として宗教を軸とした君主制をつい最近までは続けてきた。そんな国の商業都市ジェッダに拠点を置くイスラム開発銀行に雇われたことがある。 

スポーツ新聞は空港で没収だ

 ジェッダのキング・アブドゥルアズィーズ国際空港では、どの国と比べても緊張した覚えがある。パスポートコントロールと税関で厳重に審査され、回りの女性たちの黒ずくめのニカーブから眼だけを晒している姿が、中東は初めてだった筆者に威圧感を与えていた。

 「女の裸の掲載された週刊誌は当然だけど、スポーツ新聞だって没収だよ。相撲の裸だって女か男かわからないっていうからね。聖地のメッカとメディナがあるから厳しい」

 そう言ったのは、筆者ら調査団を迎えてくれた商社駐在員のK氏だった。彼は大阪外語大学(2007年大阪大学に吸収)のアラビア語学科を卒業していた。外国人向けの瀟洒なプールつきのコンパウンドに単身で住んでいる。

 筆者が所属した研究所にコンタクトしてきたイスラム開発銀行は、1975年に設立され、加盟57カ国の経済・社会開発のための資金供与が主な目的である。世界銀行アジア開発銀行イスラム版だが、金融はシャリア(イスラム法)に則って無利子である。

 そこで銀行の賢い人は自身と加盟国の利益を同時にあげるうまい逃げ道を考え出した。加盟国の工業化のためにリース産業を勃興させようというのである。銀行ローンではInterest(利子)が収益となるが、リース産業ではそれをReturn(収益)と言い変えることができる。彼らは欧米よりも日本のほうが好ましいと思っていたらしく、ある商社を通して我々に話が回ってきた。

 イスラム開発銀行のカウンターパートはスーツ姿のパキスタン人の集団だった。シャリアに係る税務会計のルールは白いトーブに身を包み、頭に赤いシュマーフを被ったサウジアラビア人の会計士から仕入れることができた。銀行には礼拝場が設けられ、仕事の最中でも彼らは中座した。どこからか礼拝を呼び掛けるアザ―ンが聞こえてくる。

 最初の候補地となる調査対象国を2カ国に絞る段階では、銀行側はアフリカや中東の砂漠の国を選びたいようだったが、筆者はトルコとマレーシアとすることで押し切った。その2カ国はリース産業がすでにある程度発展していた。「イスラム金融のリース産業」の成功モデルを作る必要があるし、熱い砂漠で調査活動をする気にはなれなかった。

 歓迎の昼食会で筆者は仕事よりも知りたい質問をサウジ人に投げかけた。
「好きな女性や結婚相手の候補を選ぶのはどうするんだい。顔を見れないようだけど」
「自分の姉妹がいれば、彼女らに相手の容姿や性格を聞くんだよ」
「姉妹がいなければ、母親?」
「うーん、母親の友人の女性では年がずっと上だから、ちょっとね」
 そういって彼は笑った。

 筆者が思うにサウジアラビアでは女性よりも男性が厳しい状況に追いやられているといえる。結婚するには女性の家庭に300万円前後を支払い、結婚式の費用、家政婦、妻のための車とその運転手を用意する義務がある。女性は労働、家事労働ほかの雑事から解放され、大学で教養を身につけ、消費に勤しむことができるのだから、ある意味ユートピアである(参考 『不思議の国サウジアラビア竹下節子 文春新書)

 女性の運転解禁とは、男性の負担の軽減でもあったわけだ。

ジェッダの娯楽
 街は清潔で綺麗で近代的だった。夜にはレストランなどが煌びやかなネオンサインに彩られた。サウジ産の野菜もオマーンからの輸入ものも、乾燥した厳しい環境で育ったせいか、美味だった。子羊の脳みそなどの珍味も味わった。

 ワッハーブ派は音楽も禁止だと聞いていたが、街の土産店でアラブ音楽のCDを何枚か購入することができた。ジェッダは国際商業都市なので内陸部の首都リャドなどよりも、イスラムの戒律は緩いのだろう。

 ゴルフ場では、欧米人が真昼にプレーしていた。土漠の中なのですべてバンカーで、気温は40度を越え日射しは熱刺というのが相応しかった。車のボンネットの上で目玉焼きができるという。治安の悪い中米に長く駐在した同僚は「ここなら住んでもいい」といったが、筆者はこの凶暴な日射しに晒されて生活するのは願い下げだと思った。

 K氏のおかげで、紅海のプライベートビーチで泳ぐ機会があった。隣は女性専用ビーチで、ニカーブ姿でそのまま海に入っている女性たちが、遠目に認められた。泳ぎが下手な筆者はシュノーケルで恐る恐るリーフのそばまで行き海底を覗くと、カラフルな熱帯魚の集団が遊泳していた。沖縄、小笠原、カリブ海、南太平洋の海よりも美しかった。

 しかしその海底は何10メートルの距離があった。海辺に戻って気がついたが、シュノーケルの口を加える部分が切り裂かれていた。小心な私は怖くて歯を食いしばっていたのだ。つまりシュノーケルを噛み切った。恐るべし歯先よ。恥ずかしいので、「いやー、美しかった」とだけいって借りていたシュノーケルをK氏に戻したのだった。 
 さて、今回の殺害事件でサウジ王室は恥ずかしく思っているのだろうか。 否! へまをやらかしたと考えているだけだろう。次はうまくやると。
 つまり殺害部隊が罪に問われるとすれば、その目的ではなく、行為の方法にあるといえよう。


宗教の桎梏と都市伝説
 ゴルフや水泳はできても、映画館は禁じられていた。男女は公共バス、学校、浜辺などで隔離されていた。女性の写真を写しただけで宗教警察(勧善懲悪委員会=ムタワ)に捕まって刑務所にぶちこまれるかもしれない、とK氏に脅された。

 「フィリピン人のメイドがたくさんいるけど、行方不明になっているのも多いんだよ。家政婦のパスポートは雇い主が預かっている。で、言うことを聞かないとキリスト教を布教したとかの理由で訴えられるのさ」。フィリピン大使館には行方不明者を探すための担当官がいるという。

 870万人前後(2016年)いるインド、東南アジア、アフリカ、欧米、日本などの外人労働者は、サウジアラビア人の中では心理的に身分が区分されているようだ。2400万人前後の自国民も階層が大きく別れ、格差が大きい。日本では金満サウジなどといわれるが、カタールなどと比べて誰もが金満なのではない。

 筆者の知人は90年代後半に「掘立小屋に住んでいるあきらかに奴隷を見た」と驚いていた。サウジアラビアには、もともと奴隷階級が存在していた。公式な奴隷解放令は1962年であるが、社会慣習として奴隷がまだ存在している可能性がある。

 もちろん、お金よりも生活スタイルを守りたいという人々がいる。ジェッダの街には高層ビルのマンションがいくつかあった。ベドウィン用に建てられたものだという。「空いている部屋が多い。彼らは定着しないんだよ。移動と砂漠が好きなんだ」(K氏)

 現在の王朝サウード家は20世紀初頭にベドウィンイスラム原理主義ワッハーブ派へ改悛させ、定住させることで各部族を征服・支配下に置いてきた(イフワーン運動)。それに恭順しない部族もまだいるのだろう。

 思考の幅を広げて見ると、アメリカ合衆国の建国からの由来のひとつは西部開拓であり、西へ西へと先住民を征服しながら進出し、最後には日本と出会い、日本を征服した。それと同様に、たとえ政府が関与していなくてもサウジアラビアワッハーブ派の布教を別の国へと広げようとするのは、宗教に内在する拡張の意志と国家統一の歴史の由来から来ているといえるかもしれない。それは悪くするとテロ支援や戦争へと繋がる(続く)。