炎上死した新潮45と劣化するマスコミと社会の行きつく先(2)

 少なくとも次の号を出すべきだったのではないか
 それにしても新潮45がこんな簡単に白旗を上げるとは意外だった。少なくとも、次号で編集長自らが、なぜこのような特集を組んだのか、
なぜそうせざるをえなかったのかを書いて、それを最終号にしてもらいたかった。雑誌が抱える問題を世間に訴えるきっかけにもなったし、連載を持っていたり、
すでに企画が通って原稿に手をつけていた書き手や担当編集者に対する配慮でもある。

 この炎上死により、新潮社は、最終号に掲載されたレポートの書き手を2重の意味で棄損してしまったのである。
経営者側は、いつ廃刊にするかチャンスを待っていていい機会だ、と思ったに違いない。

 それにしても、安倍首相の周囲に群がるマスコミ人や執筆者はろくなものがいない。小川栄太郎は安倍よいしょ本でデビューし、
組織買によりベストセラーとなっているような著者であるという。類は類を呼ぶとまで言いたくないが、いかんともしがたい。

子供たちに顔向けできるのか
 今回の新潮45炎上死を見て、雑誌の編集長、編集者は寒からぬ思いをしたものも少なくないだろう。
私が雑誌や新聞に書くようになったのは、2001年頃からだった。そのころはまだ日本は左寄りだったのでないか。私はむしろ国家を忘れた日本人の咎について書いていた。

 ところが、あっという間に世間は驚くほど右寄りになった。バブルの崩壊と韓国や中国の勃興が影響しているのだろう。マスコミは商売右翼として、乗じるようになった。
一杯の毒は、2杯、3杯と増えて行った。編集者たちはそのうち毒を煽り過ぎて、以前は信じてもいなかった毒の中の現実を本物と錯覚し始めたに違いない。
 現実を見失って行くコカイン中毒者のようなものである。

 世間が右ならばそれを越えなくては本は売れない。ヘイト、少数者叩き、韓国、中国への侮蔑、それにより酒場で溜飲が下がる者も多いのだろう。
危険な兆候だ。ナチスゲッベルスデマゴーグを思い出す。中身のないデマにドイツ国民は熱狂したのである。

 新潮45の炎上死を他山の石として、数少なくなった総合誌の編集長、編集者、加えて書籍の編集者もデマに加担し、社会をいっそう劣化させるのは、もうやめたほうがいい。
 歴史は必ずはデマゴーグの跋扈に加担するあなたたちを裁断するときがくる。そんなとき、あなたたちは子供や孫に顔向けすることができるのか!

 合掌! 新潮45

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